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【田中道昭、考察】
「プライバシー保護」が生む“意外な”BtoBテックトレンド
― プラットフォーマー戦略、研究家 田中道昭 BtoBテックの新潮流、語る ―
GAFA(Google、Amazon、Facebook、Apple)を中心に、世界のテック企業の戦略研究に強い立教大学ビジネススクールの田中道昭教授。AIやIoTといったテクノロジーが普及期に入る中、2020年にはどのような流れを捉えた企業が抜きん出るのか。テック業界のメガトレンドとともに、その流れに乗って伸びそうな業界とプレーヤーを分析してもらった。
「テックリーダー」の共通点
──田中さんはグローバルテック企業の戦略研究に長く携わっていますが、改めてグローバルで強い「テックリーダー」企業の共通点とは何でしょうか。
田中:大きく3点あると考えています。
1つ目は、エンドユーザーの顧客体験(カスタマー・エクスペリエンス)を重視していること。2つ目は、仲間となる企業を集めてエコシステムを形成し、プラットフォームを構築していること。
そして、3つ目は企業規模が大きくなってもPDCAの実行が超高速であること。GAFAはどれほど大きくなっても経営スピードが落ちていません。
BtoBのテック業界において、とくに見落としがちなのは1つ目。BtoB企業にとってエンドユーザーは顧客の先の顧客なのであまり重視しない傾向がありますが、顧客の成功がなければ自社も成功したとは言えない。
Amazonのクラウド「AWS」が成功している要因として、自社がクラウドのユーザーで、エンドユーザーの気持ちを分かったうえでの設計をしていることも大きいと思います。
──3つのポイントに加えて、AIやIoTといったテクノロジーがさらに進化し普及するだろう2020年のトレンドをどのように見ていますか。
私は毎年、米ラスベガスで開催される「CES(コンシューマー・エレクトロニクス・ショー)」に取材に行っています。
もともとはその名称の通り、消費者向けの家電ショーでしたが、数年前からBtoCもBtoBも関係なく、世界の冠たる企業が最先端のテクノロジーを披露する場になっているので、学びが多い。
そのCESで今年、私が感じたトレンドが「プライバシーの時代」が到来したということです。
近年、EUにおける個人データ利用規制が加速していますが、Facebookのプライバシー侵害問題などもあって、アメリカでも急速にプライバシー重視の方向に動いている。
カリフォルニア州では、すべての事業者を対象にした「カリフォルニア州消費者プライバシー法(CCPA)」が2020年1月1日に施行されたのですが、日本の「個人情報保護法」よりも広範で、法を犯した場合の罰則も厳しい。
そんな流れも受けて、今年のCESでもっとも注目を集めたセッションは、「チーフ・プライバシー・オフィサー(CPO)」によるラウンドテーブルでした。
プライバシー問題の渦中にあるFacebookや、通常このような展示会に出てこないAppleからもCPOが出席。日本の公正取引委員会に相当するFTCのコミッショナーも出席し、大きな注目を集めました。
これからのネットサービスは、エンドユーザーのプライバシー保護への姿勢や取り組みによって評価される時代になる。だから、著名企業のCPOが出席して自社の取り組みをアピールしたんだと思いますし、参考にしたい聴講者も多かったんだと思います。
私はGAFAの中でも、つまり世界のトッププレーヤーの中でも、Appleが最もプライバシー保護に対して積極的だと思っていますが、CESのラウンドテーブルでは、Appleの取り組みでさえ不十分との指摘がありました。それほど世界は高度なプライバシーを求め始めていると強く感じました。
これについて、私は日本に危機感を感じています。日本の状況はアメリカとはほど遠く、ようやく情報銀行が話題になるなど、そもそもデータの利活用自体が周回遅れであり、プライバシーに対する価値観や法規制についても何周も後れを取っている事実は否めません。
プライバシーで注目を集める「エッジコンピューティング」
──各企業のプライバシー保護に対する姿勢が見極められる時代に入って、どのような動きが見られるでしょうか。
エッジコンピュータ、それを構成するモジュールがより一層注目を集めるようになるでしょう。
──プライバシーでエッジコンピューティングの需要が高まる、のですか。
AppleはiPhoneのデータをできるだけユーザーのiPhone内にとどめて、クラウドには吸い上げないようにしています。なぜなら、パーソナルデータを自社に持ち込まないようにするため。
エッジコンピュータとはスマホやパソコンなどユーザーが持つコンピュータのことで、その派生用語のエッジコンピューティングとは、ユーザー側のコンピュータでデータを処理すること。クラウドやサーバーなどの上位システムでの負荷や通信遅延を解消する技法として注目を集めていますが、私はプライバシーの観点からもニーズが高まるとみています。
──デバイス側にデータを持たせるのは、クラウドの負荷分散だけが目的ではない、プライバシー保護の観点からもエッジコンピューティングのニーズが高まる、と?
はい。ユーザーのデータを取得しなければ、ユーザーのプライバシーを侵害することもない。企業は今後、デジタル上でさらにユーザーとの接点が増え、ユーザーのデータを取得しやすくなる。それはユーザーを満足させるための貴重な財産でありながらもその一方で、使い方を間違えばリスクにもなりますから。
半導体でも強い存在感のGAFA
──エッジコンピューティングが注目を集めると、伸びるBtoB系のテック業界はどこですか。
エッジ側でのデータ処理のニーズが高まると思いますから、AI用の半導体は有望だと思います。世界的にはNVIDIAやインテルが先行していましたが、サービス側のプレーヤーであるApple、Google、Amazonが自分たちでAI用半導体を開発し始めています。半導体においても、やはりGAFAからは目が離せません。
そして、メモリに関しても需要は増すでしょう。この分野は基本的にはコモディティ化しておりますが、差別化要素として、AIやIoT、自動化、エッジコンピューティング、5G……。こうした伸びてくる分野に合致した製品を展開できれば存在価値を出せるはずです。
また、より高いコンピューティング能力が求められる中で、メモリへのアクセス速度が処理全体のボトルネックになりつつあり、高速化も勝負できる要素です。
──おっしゃるとおりメモリはコモディティプロダクトであり、グローバルで再編が繰り返され、業界地図も塗り替わりました。日本の半導体企業も大きなうねりの渦中で苦しみました。そんな中で存在感を示していた東芝メモリは東芝の手を離れ、社名を「キオクシア」に変えて新たにスタートしました。この動きについてどう思いますか。
アメリカでは、テクノロジーで重要なのはユースケースだといわれています。経験も含んだ記憶のユースケースを示せるプレーヤーと、オープンプラットフォーム的に組むことが、「キオクシア」に込めたミッションを実現していく成長戦略そのものだと言えます。
半導体でインフラの「点」を担ってきた会社が、記憶という「人」に焦点を当てたミッションにしたことが面白いし、これからの時代に非常に合っていると思います。高いハードルですが、結果を残してほしいですし、期待できるミッションです。
記憶や体験となると、エンドユーザーにどんな経験価値を提供するのかまで考えないといけないプレーヤーになるので、カスタマーセントリックの視点を本当に持たないと難しいと思います。私はキオクシアのミッションはその決意の表れだと思っています。
田中道昭
立教大学ビジネススクール(大学院ビジネスデザイン研究科)教授/
株式会社マージングポイント代表取締役社長
シカゴ大学経営大学院MBA。専門は企業戦略&マーケティング戦略及びミッション・マネジメント&リーダーシップ。三菱東京UFJ銀行投資銀行部門調査役、シティバンク資産証券部トランザクター(バイスプレジデント)、バンクオブアメリカ証券会社ストラクチャードファイナンス部長(プリンシパル)、ABNアムロ証券会社オリジネーション本部長(マネージングディレクター)などを歴任し、現在は立教大学にて教鞭を執りながら、自ら設立した経営コンサルティングファームの株式会社マージングポイントの代表取締役社長を務める。主な著書に「アマゾンが描く2022年の世界」「2022年の次世代自動車産業」「ソフトバンク で占う2025年の世界」(以上PHPビジネス新書)、「GAFA×BATH 米中メガテックの競争戦略」(日本経済新聞出版社)、「アマゾン銀行が誕生する日 2025年の次世代金融シナリオ」(日経BP社)がある。
取材・編集:木村剛士
構成:加藤学宏
撮影:森カズシゲ
デザイン:月森恭助
掲載している内容とプロフィールは取材当時のものです(2020年3月)