学生時代にトライアスロンで世界と戦った経験が半導体開発の原動力となる

― Game Changers 多様な才能がキオクシアに変革を起こす ―

「『記憶』で世界をおもしろくする」を掲げるキオクシアにおいて、本業のみならず、さまざまな経歴、趣味、バックグラウンドをもち、地道であってもメモリ開発の世界に変革をもたらそうと、切磋琢磨を続ける開発者・社員をインタビューする連載コンテンツ。

東北大学時代に始めたトライアスロンで世界のトップ選手と競い合ってきた武木田秀人。従事する3次元フラッシュメモリの開発とトライアスロンには共通する点が多いと語る。その武木田と、限界に挑戦する“鉄人レース”から得た知見、大学での機械電子工学専攻に始まったプラズマ研究、そしてキオクシアでの半導体開発へと続く道のりを振り返り、キオクシアの今後さらなる進化に「多様性が必須」と語るその真意を聞いた。

アスリートとしての向上心から選んだトライアスロンの道

真剣に、夢中になって取り組んだことは、決して無駄にはならない。その過程で得た学びや知見は、その後の人生に必ず生かされる。仕事においても然り。スポーツであれ、学問であれ、その領域で自らの向上心を発揮し、果敢に課題解決に取り組んだのであれば、その経験はのちに仕事場で役立つ時がくる。なぜなら物ごとの真理は、普遍だからだ。

神奈川県にある研究・技術開発拠点、横浜テクノロジーキャンパスで先端メモリデバイスの開発に従事する武木田秀人は、まさにそれを実感する。東北大学に在籍した学生時代にトライアスロンにのめり込み、世界と戦えるまで己の技術を磨きあげた。その経験は、今日の半導体開発の原動力となっている。

個人としても、チームとしても国内の主要レースでメダルを獲得した実力者。さぞ運動神経に恵まれていたのだろうと推察したが、必ずしもそうではなかったと告白する。

「むしろ運動への苦手意識がありました。ただ、唯一長距離を走ることだけは人より少し上でしたので、それが僕の強みだな、と。トップを狙うには、この持久力を生かせる種目を選ぼうと考えるようになりました」

客観的に自己を分析し、大学入学を機にバスケットボールからトライアスロンへと競技を変更。それが功を奏した。文字通りゼロからのスタートだったが、強みが生かせる自転車とランニングを極め、それまでさして経験がなかった水泳にも果敢に取り組みながら、トータルで勝負する技術を身につけていったという。

その結果、国内でもトップレベルに達した武木田は、さらにトライアスロンの中でも最も過酷と言われる鉄人レースに挑戦。持ち味である耐久力を最大限に高めてマレーシアでの大会で年代別優勝し、ハワイで開催される世界選手権出場の権利を得て世界の頂点に挑んだ。その後オフロード版のトライアスロン「エクステラ」の世界選手権にも参戦している。

海外で戦うことへの不安はなかったのだろうか?

「確かに最初は海外の選手との体格の違いに気落ちしました。ただ、体格が大きいから有利なわけでもなく、逆にそれほど大きくはない自分だからこそ小回りが利くとか、そうした利点を生かして勝てることに気がついたんです。以来、海外の選手だからといって圧倒されることはなくなり、レース後には同じ場所で戦った仲間として意見を交わして話が弾みましたし、同じルールの下で皆が平等に戦えるのは良いなと感じました」

こうした経験から獲得した広い視野や意識の変化は、後の海外エンジニアとの協働に生かされていくことになったと武木田は振り返る。

レースに勝利するためのフォーミュラ

自身の強みを見極め、積極的に競技に生かしてきた武木田。では具体的に、トライアスロンで勝つために何を重視してきたのか。その一つが不測の事態に素早く対応する修正力だ。

「事前に公開されるコースの情報からおおよそのプランは立てますが、自然が相手ですから実際には予想できないことが次々と起こります。しかし、そこで諦めたら終わってしまいますし、リカバリーの方法を瞬時に考えて素早く修正し、立ち直らなくてはなりません」

ある程度先回りして考えておくのと同時に、何が起きても冷静に、その状況を正確に把握しながら対処することが肝要だと武木田はいう。

さらに水泳、自転車、ランの3つの種目によるトータルバランスで勝つことを意識し、各種目の継ぎ目となるトランジションにこだわって、技術的な研究も欠かさなかったという。

「種目によって出遅れた10秒、20秒をその境界線で取り返せることがありますし、次の種目へと移るトランジションをおろそかにしたことで最後の最後で競り負けてしまうこともあります。そうした損をしないように、トランジションの時間を少しでも縮めようと徹底的に練習したことは、勝つためのストロングポイントになりました」

東北大学進学から半導体開発へと続いた道のり

さて、そんな武木田は幼少期から抱いていた飛行機への関心から、東北大学工学部機械知能・航空工学科に進学。学士取得後、大学院では機械電子工学を専攻(現ファインメカニクス専攻)。後にその延長線上にある宇宙や、“極限の領域”への興味が生まれて流体科学研究所に所属し、宇宙の流れの中の希薄気体を研究した。ある時プラズマが同じ希薄気体であることを知り、それをきっかけに半導体製造装置のプラズマ研究へとつながっていく。

博士課程を終えてキオクシアの前身である東芝に就職したのは、まさにそうした半導体装置の研究中に芽生えたデバイス製造への探究心からだったという。こうした経緯からは、その時々で研究を行うテーマが異なりながらも常に真摯に向き合い、自らの好奇心、探究心に素直に従ってきた武木田の様子がうかがえる。

入社後は一貫してNAND型フラッシュメモリの研究に従事してきた。開発コンセプトの立案から量産化されるまでのサイクルを、平面型から3次元型まで各世代に渡って見届けてきたという。

平面型の最後の世代まで携わった後に3次元フラッシュメモリの開発に移ると、BiCS FLASH™の第4世代に新たな開発コンセプトを取り入れ、多難の末に「半導体・オブ・ザ・イヤー2018」を受賞した。開発の斬新性や社会へのインパクトなどが評された製品・技術に授与される栄誉だ。

「その時自分はちょうど開発側の歩留を取るところを担当していて、すごく苦しみながらなんとか最後まで漕ぎ着けました。ぎりぎりの段階で(歩留が)取れて最終的に製品化することができたと聞き、学会でも発表されて、結果的に賞まで取れたことは非常に印象に残っています」

レースの経験がメモリ開発の土台を築く

そんな開発の苦労を地道に重ねてきた武木田は、フラッシュメモリを完成させるまでの過程はトライアスロンのそれと共通していると改めて熱弁する。

「初期の上流設計の段階でスケジュールを含め綿密な計画を立てますが、これまでの経験上、予定どおりにいかないことが多々あります。そうしたときに、バックアップとして代替案を用意し、時に回り道のように思われるプロセスも選択しながら、長期的視野に立っていかに早く最終的なゴールに近づけていくかを判断することは、不測な事態が起きやすいトライアスロンで求められる修正力によく似ていると思います」

また、フラッシュメモリは非常に小さなチップだが、実際には多数のチームが関わり各パーツを開発している。よってそれぞれの特性をうまく両立させながら、チーム間の境界線を適切に調整することが重要だという。

「最終的にはそこが最後のスケジュールの決め手になってきます。その辺りを意識するようになったのも、やはりトライアスロンが3つの競技で成り立っていて、その間のトランジションも含めたバランス感覚が勝負に影響してくることに似ているからです。また、一つのことだけに囚われると後が続かないことがあるため、適度に物事を流しながらうまくまとめていくバランス感覚も必要で、その辺りも、1種目だけで勝負していないトライアスロンに似ているといえるでしょう」

さらに「根性論になってしまいますが」と前置きしながら、「やはり諦めないことです」と付け加えた。「諦めずに少し待っていると、調子が良くなってきたりしますから」。こうした武木田の話は、どの仕事場においても目の前にある目標を達成する際に必要とされる資質なのかもしれない。

こうしてフラッシュメモリ開発に長年従事してきた武木田は、キオクシアは半導体の分野で世界を狙えるポジションにあり、そのために必要なリソースをすでに備えているという。そこで、次のレベルに進むために必要なことは何かを聞いた。

「開発のプロジェクトリーダーとしては、皆を効率的にまとめ上げていくための意識をいかにして周囲に波及させていくかだと思っています。またトライアスロンでは3つの種目を多角的にケアしなくてはならないのですが、その視点と同じように、フラッシュメモリだけではなく、様々なメモリも併せて開発していくことが重要であると考えています。将来的には需要も、伸びる市場も変わってくる可能性がありますから、何が起きても確実に製品を出していけるよう、総合的に準備をしておくことです」

海外のトップエンジニアとの共同開発から得た新たな視点

武木田は現在、米国のウエスタンデジタル社との共同開発にも携わっている。コロナ禍前までは現地に赴き、積極的にエンジニアたちと意見を交わしてきた。幾度となくトライアスロンの世界大会に参戦し、海外の選手たちと互角に戦ってきた経験から、海外のトップエンジニアたちと話をする際にも物怖じすることはない。そんな武木田が考える協業する上で最も重要な姿勢の一つは、綿密に話し合いながら双方の意思の整合性を図り、初期段階で開発方針の合意を得ることだという。

「各社、要求は微妙に違いますし、早期から意見の相違がないように進めておかないと、いざやろうとしたときに開発のスケジュールが遅れてしまうことになりかねません。彼らは提案がロジカルであることにこだわります。日本人はどちらかというと感覚的なところがあるので、彼らが納得しやすいように理由付けやデータを明確に示すように努めています」

2社の合意を取るにはそれなりの苦労も時間も必要となる。しかし開発プロセスやコンセプトを2社で検証し合うことは、結果的にプラスになっていると武木田は前向きだ。相手のアイデアをうまく引き出しながら、「一番良いものを作ること」が最終ゴールであると主張するが、ここにも武木田の絶妙なバランス感覚が発揮されているといえるだろう。

多様性のある文化がキオクシアの未来を切り拓く

武木田は今後、人材の多様性こそがフラッシュメモリのみならずキオクシア全体をさらに進化させるための鍵になると語る。

「単純な改善や、今までの延長線だけではいずれ限界が来ます。先ほどもお話したように、今後は会社の主事業であるフラッシュメモリだけでなく、新しいメモリの開発など総合的に考えながら準備をしていく必要がありますし、そのためにも専門家集団になり過ぎずに、多様性のあるチームであることが求められていると考えています」

例えば開発担当者として当たり前だと思っていたことに対して、開発を専門にしてこなかった人たちが感じる疑問があるとしたら、それは逆に自分たちに新たな気づき、さらなる進化の伸び白を与えてくれるかもしれないと武木田は期待する。

「自分はたまたまトライアスロンでしたが、例えばピアノとか楽器演奏にはあまり親しみがありません。でも、そういった経験を持つ人は(半導体開発に対して)また違った見方をすると思うんですね。当然、新入社員や、転職で入ってくる人たちの声や意見もとても重要で、そういった多様性ある視点を開発の中に取り入れて、うまく生かすことができれば、バランスの取れたデバイスができるんじゃないかなと思っています」

幼少期の飛行機への関心が起点となって、宇宙そして半導体の世界へと導かれ、またトライアスロンという世界の舞台で戦った競技経験も含めた、これまでの道のり全てが後に関わることとなるキオクシアでの研究開発にかけがえのない知見をもたらしたと考える武木田。多様な人材の多様な経験から生まれる新たな視点・姿勢こそが、キオクシアのメモリ開発のさらなる未来を切り拓いていく――。武木田はそう信じてやまない。

掲載している内容とプロフィールは取材当時のものです(2022年7月)