AIと人間がともに描いた世界初の漫画作品は、未来にどんな可能性を示したのだろうか?

― TEZUKA2020 VOL.6 Future ―

2020年02月26日

人間のクリエイティビティにAIが近づくにはまだ時間がかかる 。『ぱいどん』の完成とともに、その現実を改めて印象付けたプロジェクトとなったかもしれない。しかし同時に、AIと人間のコラボへと向けた一歩は確実に踏み出されたといっても過言ではないだろう。

AIは漫画づくりの心強いパートナーになれる

Macoto Tezka
手塚 眞
株式会社手塚プロダクション 取締役・ヴィジュアリスト

AIによって漫画の新しい扉が開く。『ぱいどん』は、その可能性を大いに示してくれたと思う

手塚治虫らしさを一番よく知る人物として、今回のプロジェクトの中心で尽力してきた手塚 眞氏。AIと人の協業・融合は双方の可能性を探るチャレンジでもあったが、完成した作品を観て何を思うのか。

「新しい技術が生まれたときには、必ず否定したり、不安に思う人が出てきます。昔で言えば、写真によって絵画がなくなるのではないかとか、映画の俳優はすべてCGに置き換わってしまうのではないか、とよく言われたものです。でも、現実には写真と絵画、CGと俳優は両立しています。それどころか、CGを取り入れることによってより良い映画が次々と生まれていますよね。漫画にとってのAIも同じで、今後、心強いパートナーになっていくだろうと感じています」

かつて漫画『鉄腕アトム』で語られたように、科学技術は人間の使い方次第。使い方を間違わない限り、AIと人はお互いを高め合っていける。その手応えがあったという。

「ひとりのクリエイターとして思うのは、世の中にはブラッシュアップすればもっと良くなる作品がたくさんある、ということ。映画も漫画もそうです。そこに、もしAIが参加することができれば、今よりもっと良い物を作ることができるかもしれない。そういった意味で、すごく大きな可能性を示せたと思うんです」

きっと5年、10年経てば、AIは当たり前の技術になっていて、次の世代に渡る頃には、もっと上のレベルまで軽々と到達できるようになっているだろうと、眞氏は笑いながら推察する。

「何せ、こういうプロジェクトは、最初に挑戦する人がいちばん大変なんですよ。だからパイオニアと呼ばれるわけですけれど……。いつか『あの頃はなんであんなに苦労していたんだろう』って笑いながら思い返せる日が来ると確信しています」

最後に、「TEZUKA 2020」を通じて世の中にメッセージを送るとしたら?「未来に対する夢を持って欲しいと思います。不安や危機感ばかりが煽られる世の中、どこかに夢がなければ人は前に進めません。僕らは手塚漫画から、夢を持つ大切さを学んできたのだと思うのです」

手塚 眞
株式会社手塚プロダクション 取締役・ヴィジュアリスト

1961年、漫画家・手塚治虫の長男として生まれ、幼い頃から漫画やアニメを製作するクリエイティブな環境で育つ。このプロジェクトでは、唯一“手塚らしさ”を知る人物。1985年、映画『星くず兄弟の伝説』で商業映画監督デビュー。1999年には『白痴』でヴェネツィア国際映画祭デジタル・アワードを受賞。現在はヴィジュアリストという肩書きで、映画やアニメなど映像作品の監督を務める。新作『ばるぼら』が2020年公開予定。

漫画業界も新たな可能性を追求するきっかけに

Toshihiro Miura
三浦 敏宏
モーニング編集長

将来、AI作家が誕生したら、担当してみたいですね。すごくタフそうなので

2020年2月27日発売の『モーニング』13号(講談社)に、AIと人間の共作による漫画『ぱいどん』は掲載された。が、それに至るまでにもドラマがあった。

「実は一度お断りしたんです。あまりにも人間の手が介入しすぎていたので」。そう話すのは、モーニング編集長・三浦敏宏さん。確かに『ぱいどん』は“AIが描いた漫画”と呼ぶには無理があった。それはプロジェクトに携わる誰もが考えていたところだろう。では、なぜ三浦編集長は掲載しようと考えをあらためたのだろうか。

「栗原先生とお会いしたときに『AIの研究をすればするほど、人間のものづくりはすごいと思い知る』とおっしゃっていたんですね。それって、アトムを作った天馬博士の苦悩と同じなんですね。そして、今回のプロジェクトは人間がどうやって漫画を作っているのかを解析していく作業にもなると思った。私自身もそこに感銘を受け、作品を通じて漫画を描くAIを作るプロセス自体、実は人間の創作行為であることを映し出したかったんです」

漫画だけでなく、制作過程も掲載する。それを条件に『ぱいどん』の掲載が決定した。この作品に対して、三浦編集長はどのような評価をしているのだろうか。

「キャラクターからは手塚先生らしさを感じました。すごく懐かしいと仰る方もいた。AIが描いたものに対してそうした感情を想起するのは不思議なことですが。そのうち1960年代、70年代、80年代と時代ごとの絵のタッチを描き分けられる日が来る気がします。一方で、ストーリーはまだまだといった印象。そういうことを含めて、現段階でAIができることのすべてを掲載することに意味があると思いました。漫画業界としても、現状維持に甘んじているだけではなく、いろんな可能性を追求し、検証していくことが必要だとも思います。そして、本当にAI作家が誕生したら、ぜひ担当してみたいですね。ちょっとくらい厳しいことを言っても凹まないでしょうし(笑)」

では、手塚治虫が生きていたとしたらどのような反応をするだろう。それについて、三浦編集長は次のように話す。

「とてもおもしろがったと思います。そして、もっとこうしたらよくなるんじゃないかと意見を出されたりするんじゃないでしょうか。『ロボットは人間になれるか』というテーマであれだけたくさん漫画を描かれてた方ですから。それでAIがおもしろい漫画を描いたら、今度はそれに勝とうとする気がします。『僕でもできる!』って。あくまでイメージですが」

最後に「AIが漫画編集者になる未来も訪れると思いますか?」と尋ねると、三浦編集長は苦笑いした。

「聞かれちゃいましたか。そうなったら困るなと実は思っていて。おそらくそれは近い将来可能になるでしょう。すべてではないにせよ、断片的にはもうできる気がします。たとえば打ち合わせをする際に、作家の提案に対してこういう可能性はどうかと示すことはできるんじゃないでしょうか。あと、書き殴ったような難読な作家の手書きセリフもAIだったら一瞬で解読して、おまけに級数や書体も指定して出力できるでしょうね。でも、AIは作家と飲みには行けないですからね。そこは僕たちの勝ちかな(笑)」

三浦 敏宏
モーニング編集長

1970年東京都生まれ。1995年に明治大学卒業後、講談社に入社。『週刊少年マガジン』で『魁!!クロマティ高校』『スクールランブル』『さよなら絶望先生』『A-BOUT!』『週刊ヤングマガジン』で『監獄学園』などの担当を務める。週刊少年マガジン副編集長を務めた後、ヤングマガジン編集次長、イブニング編集長を経て現職。好きな手塚治虫作品は『ブラック・ジャック』。40年前から買い集め、いまでも全巻所有しているという。

AIが人間のクリエイティビティを支援する

Ryuhei Orihara
折原 良平
キオクシア株式会社 デジタルプロセスイノベーションセンター 技監

困難を乗り越え形になった『ぱいどん』は、発想支援の新たなモデルとして、歴史に残る取り組みになるはず

プロジェクトの発足当初から、“AIと人のコラボレーション”に活路を見出していた折原良平だが、実際にプロジェクトが始まってみると、乗り越えなければならない困難が多くあったと振り返る。

「初期の印象としては、プロットの生成は思ったよりもうまくいっている印象でした。特に難しかったのは、キャラクター生成に関してです。デジタル化された大量の手塚作品のデータがあれば、ある程度のクオリティのものは生成できるだろうと予想していたのですが……」

今回使用したAIは、世の中ではさまざまな用途に活かされているよく知られた技術。折原も仕事に普段から取り入れており、どの程度のことが出来るかは分かっていたつもりだった。だからこそ、AIに裏切られたときには、驚きが隠せなかったそうだ。

「最初は顔になっていない画像が出力されたものですから、落胆しましたね。手塚 眞さんが『せめて顔になっていてほしかった』と仰っていたのが印象的でした」

さらに、転移学習によるブレイクスルーがあったことも、折原にとっては想定外だった。

「正直、転移学習のアイデアは、個人的には買っていなかったんです。しかし、まだまだ未知な部分があると思い知らされましたね。こういうことが起きるのが、ディープラーニングのおもしろいところです。次つぎとキャラクターが生み出されていくところを見ているのは、実に楽しかった」

そうやって日々、試行錯誤のなかで進行してきたプロジェクト。無事に『ぱいどん』を世に送り出した今、何を思うのか。率直な想いを尋ねた。

「今回のプロジェクトのように、AIが人の発想を支援するという発想支援の研究自体は昔からあって、実は30年前にも行ったことがありました。しかし、当時は今と比べれば技術も未熟で、データの数も質も圧倒的に足らず、実用には至りませんでした。だから今回のプロジェクトをこうして形にできたことは、技術者としてとても感慨深いことです。これが発想支援のひとつのモデルとして、きっと漫画以外のものにも応用していけるはず。そういう意味でも、将来的には『ぱいどん』が歴史に残る作品になるのではと期待しています」

折原 良平
キオクシア株式会社 デジタルプロセスイノベーションセンター 技監

大学院時代から数えて34年に渡り、人工知能に関する研究に携わるAIのエキスパート。1988年、筑波大学大学院工学院研究科電子・情報工学専攻博士前期課程を修了。株式会社東芝、東芝メモリ株式会社を経て、現在はキオクシア株式会社のデジタルプロセスイノベーションセンター技監。発想支援技術や機械学習、データ・テキストマイニングの研究に従事してきた。印象に残っている手塚作品は『火の鳥(未来編)』。

掲載している内容とプロフィールは取材当時のものです(2020年02月)