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シンギュラリティを生き抜くカギは 記憶×テクノロジーにある。
キオクシアが描く2050年の社会
AI(人工知能)やVR――。テクノロジーは日々、急速に進化を遂げている。技術が進化し続けた先には、どのような未来が待っていて、私たちの暮らしはどう変わるのだろうか。東京大学先端科学技術研究センターの檜山敦氏と、フラッシュメモリ・SSD事業をコアに「記憶」の可能性を追求するキオクシア(2019年10月1日に東芝メモリから社名変更)の吉水康人氏に、技術の進化と未来について聞いた。
超高齢社会の到来でカギを握る先端テクノロジー
今から30年後の2050年、日本の人口は9000万人台になり、15歳以上65歳未満の生産年齢人口は現在の約7500万人(総務省統計)から3000万人台に落ち込むといわれている。超高齢社会になると、私たちの暮らしはどう変わるのか。 檜山氏は「人生100年時代を迎え、社会と個人のつながり方が柔軟になる」と話す。働く人の価値観は「会社のために働く」のではなく「一人ひとりの生き方のために仕事が存在する」という捉え方に変わるという。
「技術の面からも社会とゆるくつながっていける仕組みが整えば、自分の持っている能力を発揮しながら不安なく100年生きられるのではないか。私はそう考えて、文科省傘下のプロジェクト『未来社会創造事業』においても『人材の多様性に応じた知的生産機会を創出するAI基盤』という課題で研究を行っています」(檜山氏)
超高齢社会の課題解決のカギは、AIをはじめとする先端テクノロジーの活用にある。では、どんなテクノロジーが、何を実現するのか。
「働き方においては、仕事を職務に分解できるツールを開発し、自分が持っているスキルでどの仕事が無理なく働けるか、ジョブマッチングができるようになります。自分が失った機能や感覚をテクノロジーで補完できるようになり、人間とロボットとの協調技術も進むと考えています。また、コンピューターグラフィックスやモーションキャプチャの技術がさらに進化し、遠隔のロボット、アバターを使って家にいながら社会参加が可能になる。アバターは自分そのままの姿ではなく、表情、背景のほか声、年齢、性別、国籍も編集でき完全にバーチャルな存在として遠隔地で活躍できる時代になるでしょう」
「伝統技術×テクノロジー」で、技能伝承が容易に
さらに驚かされるのが、技能伝承にテクノロジーの力が発揮されるということである。技能者の高齢化により、なかなか後継者を育成できない、または後継者が見つからず技能が途絶えてしまうという問題もテクノロジーが解決する。
「経験や技術をデータとして記録できるようになると、技能伝承も従来とは変わっていきます」(檜山氏)
伝統工芸の職人のような職人技を思い浮かべてみて欲しい。従来は師匠の背中を見ながら何年も修行するのが一般的だった。だが、師匠の体の動きをセンサーで計測してデータとして残し、VR(ヴァーチャル・リアリティ)のような体験型メディアに落とし込み、そのスキルをクラウド上に記録しておく。学習者はそのデータを自分の体に「ダウンロード」して体の上で再生し、師匠の技術を追体験できるようになる。
檜山氏は実際、紙漉き職人で実証実験を実施。学習者がVRのゴーグルをつけて3Dで技能者の視点を見ながら紙を漉くときの音を聞き、筋肉の活動を振動として体で感じるしくみを実験的につくり、学習体験をしてもらった。すると通常なら数週間かかる基本動作の習得が、数十分程度で習得できた人が現れたという。
移動せずに「思い出の場所」へ
もっとVRカメラの解像度が高くなり、センサーも安価に入手できるようになれば、体験型VRコンテンツは誰でもつくれるようになる。オンラインでさまざまなスキルをダウンロードして体験、共有できる時代になるかもしれない。
檜山氏は、福祉施設においてリハビリの一環としてVR旅行体験を提供することも考えているという。旅行に出掛けることのできない高齢者が、思い出の場所を“再訪”できるようにするという発想で、360度カメラとVR技術を使って、空間の広がりと体験を共有する。
「実際に実験してみたところ、認知症のためにあまり立ち上がったりしない患者さんが、急に立ち上がって動き出したことがありました。もう一度、自分の足で立って行ってみたいと、熱心にリハビリをするようになった方もいた。移動しなくても楽しめるサービスをと考えたものでしたが、過去の記憶を呼び起こし、高齢者の意欲を掻き立てる効果があったのは興味深いですね」(檜山氏)
こうしてテクノロジーが急速に発展する今後、社会のあり方も変わっていくと檜山氏は指摘する。
「日本では社会を変えるとなると法律、政治の分野の話と捉えられがちですが、アメリカでは新しいテクノロジーのイノベーションが牽引役になるケースが目立ちます。そのテクノロジーを社会がどう受容していくかという視点で法律や政治が関わっていく。テクノロジーと法律が両輪となって未来に向けてドライブしています。それがアメリカの強みとなっているのです。日本においてもテクノロジーの開発者たちが社会の変化やどのような生き方が望まれているかに敏感になり、新しい社会を生み出そうという視点を持てばイノベーションが起きやすくなると思います」(檜山氏)
「記録デバイス」から「記憶デバイス」へ
檜山氏がいう技能伝承方法の未来は「記憶の再生」にほかならない。人の体に刻み込まれた膨大な記憶を伝えるために必要になるのが、記憶を記録し、それを再生するテクノロジーだ。
3次元フラッシュメモリ「BiCS FLASH™」を開発し、スマートフォンの普及などライフスタイルの大きな変革に貢献してきた東芝メモリは2019年10月、キオクシアに社名を変更した。今後は記録されるデータだけでなく、情報が生まれた瞬間の経験や感情、考え方までを「記憶」として蓄えて、新しい価値を創造することをめざす。従来の「情報」の枠組みでは収まらないものまでチップに記憶させることが可能になる日は近い。
キオクシアの吉水氏は言う。
「世の中に記憶されている情報量は、すでに人間には処理しきれないものになっています」
蓄積され続け、膨れあがるデータ。その中で価値ある情報を活かすためには、推論や学習をつかさどる人工知能の進化が不可欠だ。
「ただ記録するだけの素子を提供するのではなく、記録した情報を活かすための人工知能について研究し、情報の価値を高めるデバイスや仕組みを考えて世界に提供したい。われわれは記録デバイスのサイズを小さくし、かつ性能が落ちないものを作り続ける技術を持っています。そこには必ず価値があると思っています」
実際、檜山氏によれば、ジョブマッチングにおいて求人の文字情報からだけでは読み取れない、検索の熟練者が行っている“書かれていない情報”を読み取る「暗黙知」を人工知能が学習する人材検索エンジンを開発しているという。記録したいもの、記録できるものはどんどん増えていく。だからこそより高い情報処理能力が求められていく。キオクシアへの期待は高まるばかりだ。
2050年には、1テラバイトのチップが血管の中を走る!?
半導体集積回路の進化はめざましく、毎年、演算素子や記憶素子のサイズを小さくすることによってその集積度を高めてきた。このまま進化を続けた場合、どんな未来が待っているのか。
「今のBiCS FLASH™は、およそ1cm角のチップに1TB(テラバイト)の記憶容量を持っています。2050年には、記録密度が1万倍になるとみられ、同じ1TBの記憶素子のサイズは0.01mm(10ミクロン)角と血管中を流れる赤血球のサイズに相当するほど小さくなる。未来には、現時点でスマホに入っているくらいの容量を持つ記録媒体が血管を走ることができるようになっているかもしれません。1cm角のチップには10PB(ペタバイト)の記憶容量が可能になり、現在のデータセンターに配置されているストレージのラック数台分が指の上に乗ることになります。今はバックアップを取る場合クラウド上にアップしますが、これだけ小さなチップで収まるなら、その必要自体がなくなるかもしれないのです」(吉水氏)
人工知能の世界的権威であるレイ・カーツワイルは「シンギュラリティは近い」と宣言した。カーツワイルは、将来、ナノロボットを入れた人間の脳とクラウドを接続させることができるようになると予測している。吉水氏は言う。
「確かに、赤血球サイズの記憶デバイスであれば、人体に埋め込まれたとしても違和感がない。脳の神経からどのように記憶を拾い上げ、クラウドにアクセスするのかはまだわかりませんが、私としてもBiCS FLASH™を『記録デバイス』から『記憶デバイス』にすることが夢です」
東芝という総合電機メーカーを離れ、半導体事業をコアとした企業として新たなスタート地点に立ったキオクシア。リスタートするにあたって、何をめざすか。
「技術者たちは、これまで以上に世の中にどんな新しい価値を提供できるかを積極的に考えるようになりました。『記憶』は、空間や時間を超えて人と人を繋ぎ、新しい経験や体験を与えることができる。世界中で大きく社会が変わって行く中で、どのような役割を担っていくのかを考えています」
計り知れない未来がすぐそこにやってきている。
注:1TB(テラバイト)=1,024GB(ギガバイト)、1PB(ペタバイト)=1,024TB
檜山敦
東京大学先端科学技術研究センター講師
複合現実感、ヒューマンインタフェースを専門として、超高齢社会をICTで拡張するジェロンテクノロジーの研究に取り組んでいる。東京大学IRT研究機構特任助教、同大学院情報理工学系研究科特任講師などを経て、現職。2017年4月より理化学研究所革新知能統合研究センターチームリーダーを兼務
吉水康人
東芝に入社以来、14年間、半導体製造工程において液体材料を用いるプロセスの研究開発を担当。いかに低い製造コストで次世代BiCS FLASH™の記録密度と速度性能を向上させるかを考えてきた。
掲載している内容とプロフィールは取材当時のものです(2019年10月)