「未来に待ち受ける理想のロボット像」 エモーショナルなロボットとともに進化を遂げる“記憶”がもたらす未来

― In the Pipeline 記憶×テクノロジーが拓く未来の地平 ―

ロボットが当たり前の存在になっている未来において、"彼ら"と私たち人間はどのような関係性を築いていくのだろうか。そして、普段から何気なくトラッキングされているパーソナルなデータのみならず、センシング技術の進化とともにより得られるより複雑な体験データをどう活用していくのか——。"記憶"をテーマに、ユカイ工学の青木俊介氏とキオクシアの奥田真也が“未来のロボット像”を語り尽くす。

「ロボティクスで、世界をユカイに。」をビジョンに掲げるロボティクスベンチャーの「ユカイ工学」。その創業者であり、CEOを務める青木氏は、“人の心を動かし、また行動のトリガーとなるエモーショナルな存在”とロボットを定義し、独創的なアイデアで製品開発やロボットによる事業支援などを各地で積極的に行っている。青木氏が考える近未来の“ロボットがある生活”とはいかなるものなのか?

青木:ぼくはユカイ工学というスタートアップ企業で、ロボットを製品化しています。「ユカイ」という名前のとおり、世界中を愉快にするような、ユーザーさんが愉快な気持ちになれるようなロボットをつくろうという気持ちで、さまざまなプロダクトを開発しています。

奥田:さっきからクッションの尻尾が気になって(笑)。

青木:これは「Qoobo」(クーボ)という尻尾のついたクッション型セラピーロボットです。機能は単純で、撫でるとそれを検知して尻尾を振ってくれるという。こんな感じで……。

奥田:尻尾を振って喜んでる! 触ると反応するんですね。

青木:そうですね。こういういろいろなロボットを、常に社内でアイデアを出して、試作をして、実際に動かしてみたりしています。

奥田:ぼくらの祖先にも尻尾はありましたもんね。そのときの記憶や感情があるのでしょうか。

青木:人間は何億年もかけて進化しても、尻尾が気になったりするので、記憶があるんだと思います。例えば子どもは言語を覚えるよりも、動物を見分けるほうが早い。それもきっと生きていくうえでは、危ない動物かどうかを見分けるほうが大事だからだと思います。ぼくは人間がもともと持っている身体性に訴えるロボットが面白いと思っています。

奥田:やはりこうやって「持てる」のはいいですよね。重さがちゃんとあって。

青木:そうですね。重さも重要なファクターです。これが軽いと生き物らしさが全然なくなってしまうし、手触りも大事です。こういう触覚は、記録、記憶として残すのが難しいですよね。ちなみにQooboのひとまわり小さいサイズの「Petit Qoobo」を2020年の年末に発売しまして、ただサイズが小さくなっただけではなくて、音に反応するマイクを搭載しているので、大きな物音がすると、一緒にびっくりしてくれたり、抱いていると心臓のドキドキというかすかな鼓動を感じることができる機能もあります。

ロボットの“多頭飼い”と環境の知能化

奥田:青木さんはロボットと一緒に生活することを考えているということですよね。

青木:そうですね。ロボットというと、家にいる万能な執事をイメージしがちですが、それは技術的なハードルが高いですし、とても高価になり、なかなか自宅に導入しようとは思わないでしょう。でもぼくたちは一家に1台、ロボットが使われる世界をつくりたいと考えていまして、今後はいろいろなロボットが身の回りにいる、いわゆる「多頭飼い」のようになるのではないかと思います。

奥田:なるほど。1台で何でもできるロボットというよりは、機能特化した複数台がいるということですね。

青木:はい。1台で何でもできるロボットは、センサーやプロセッサーなどをリッチに積んでなんでもやらせよう、となります。でも、例えばロボットにカメラを積むよりも、部屋にカメラがあり、部屋全体がセンサーになっているほうがいい。環境がどんどん知能化していくのが、未来に進むべき方向で、その部屋の情報をもとに、ロボットが人間のことを理解したり、予測したりする。そんな未来を描いています。

奥田:おっしゃる通りだなと思います。ぼくも家の中にAIスピーカーを置き、ロボット掃除機やテレビを制御できるようにしていますが、「ドラえもん」や「アトム」のような1台のロボットがいる未来はすごく憧れるけれど、それはべらぼうにハードルが高いだろうと思います。

青木:例えば食器が積み重なっていて、それをロボットが一個一個、割れないようにピックアップする技術を、最先端のロボット研究者がチャレンジしていますが、それを何に役立てるのかの“正解”を見出せていません。そもそもロボットが雑用で食器をごしごし洗うよりも、食器洗い機に入れたほうが絶対に早いし、効率もいいし、コストも安い。ロボット掃除機も同じで、二足歩行ロボットに掃除をさせるのは技術的ハードルがあります。

奥田:海外のロボットもだいぶ進化して走ったり飛んだり跳ねたりできるから、スティック掃除機を持たせて、本気で掃除させようとしたらできるかもしれないけれど、自宅に置ける値段にはならないでしょうね(笑)。そうなると、センサーを家に置いて、どこかにデータを集約して、マスターはキオクシアがストレージ管理して、それから導き出されたアウトプットすべきものを、Qooboのような子たちにアウトプットする感じがいいです。

話しかける「相手」がいると安心する

青木:ぼくは、いまの家電をロボットと呼んでも差し支えないと思っています。しかし身の回りの家電がどんどんロボット化しても、ぼくたちは家電のことをロボットだと思って、かわいがらないですよね。とはいえ、まっさらな空間で、見えない相手に向かって「掃除しておいて」というのは、違和感があります。話し掛けるのなら相手が欲しいなって。

奥田:そうですね。AIスピーカーはどこに向かって話しても検知してくれますが、やはり対象物に話しかけたい。我が家でスピーカーの前にものを立てて、それに話し掛けるような感じです。スピーカーに話しかけるのは味気ないんですよね。動いているものがあると安心するし、動いているだけでちょっと癒やされたり、かわいかったりするんですよね。

いま我が家のほとんどの家電の操作は音声入力になりました。とても便利なのですが、モーションを見て判断してくれたらもっと便利になるなと思います。例えば天井にカメラがあって、「この時間帯にお風呂のほうに向かって歩き出したらお風呂のスイッチが入る」とか。ただ誤検知すると、ちょっとうざったいかもしれないですが、音声コマンドの次は、モーションや視線に合わせて行動履歴からフィッティングしてくようになるといいなと思います。

「空気を読むロボット」がほしい

奥田:ぼくは学生時代から映画『マイノリティ・リポート』といういわゆる「ザ・SF」の世界が好きで、『マイノリティ・リポート』のインターフェースに憧れていました。

青木:『マイノリティ・リポート』のような未来を思い描いたりしますか?

奥田:それなりの年月を重ねていって考えると、絶対あのインターフェースは大変だろうなって(笑)。腕や手を使って入力するのは、そのうち肩も上がらなくなる年齢になるから大変だろうなと思います。そうなるとブレイン・マシン・インターフェースのように思考を飛ばすのがゴールとしてはあるのかなと思います。

青木:実際「電気つけ!」みたいなモーションで動くTVなどもありますよね。

奥田:モーションはすでにあるのですが、まだ一般には普及していません。日本はどうしても家が狭いので難しいのかもしれませんね。

青木:ぼくも視線や指さしが次のインターフェースになるのかなと感じています。指差さしを正確に検知するには環境側のセンサーが必要ですが、近い将来は、視線入力が来そうです。最終的には空気を読んでくれるのがいいですね。お風呂場に行ったら「お湯入れる?」みたいな。

奥田:そう。そういうのをやってくれるといいのかなと思いながらも、のび太君はたまにドラえもんを「うざい」って思っているし(笑)。あまり気を使わせ過ぎると、今日は夜更かししてゲームをしたいのだけど、「早く寝ろ!」とかいってくるのは嫌だなぁって。

青木:ぼくはむしろドラえもんが欲しいです。自分一人だとすごい駄目で(笑)。「そろそろ寝る時間だよ」とどんどん明かりを暗くしてほしい。自分の意思でいろいろやるよりも、環境が自分のコンディションを整えてくれればいいなと思います。そういう世界をつくりたいですね。

ロボットと大容量ストレージの両輪が可能にする未来

フィジカルに存在するエモーショナルなロボットとのコミュニケーションは、これまでのビッグデータとはクオリティの全く異なるデータの習得を可能にするかもしれない。膨大なヘルスケアデータの利活用、記憶とそれにまつわる五感の再現など、ロボットと大容量ストレージが実現を可能にする未来のライフスタイルへと奥田・青木氏双方のアイデアは広がっていく。

青木:ここで改めて奥田さんが取り組んでらっしゃる研究開発について詳しくお聞かせください。

奥田:私たちはフラッシュメモリを作っていて、私は次世代のデバイスに適用するプロセス技術の開発に取り組んでいます。おそらくお手持ちのスマホやノートPCに入っているかなと思います。

青木:プロセス技術というのは?

奥田:フラッシュメモリのようなデバイスは、ベースとなるシリコン基板上にナノメートルレベルの薄い膜をつけたり(成膜)、露光や洗浄、検査など多くの工程を通して製作していきます。これらの工程技術を総称してプロセス技術と呼んでいます。各工程にはその技術領域のプロフェッショナルがいて、次世代製品に必要な研究開発や、量産ラインでの製品の歩留まり向上を担当しています。私は成膜工程を担当しており、絶縁するための膜、電荷を蓄えるための膜など用途に合わせた膜を開発しています。そして多くの技術を結集し、数百にもおよぶ工程を経てデバイスを製作します。

それらの工程のなかに、1つでも不具合があると製品として成り立たちません。そのため各工程で処理を実行している間のログデータは膨大に取ってあります。何か問題が起きた時にはそれをエンジニアが見返して、対策を考えながら開発が進んでいきます。量産になると桁違いの物量が流れていくので、それを不具合なく制御するため、データをひたすら蓄積して、AIに解析させています。この半導体製造装置をロボットとして捉えるならば、そのロボットの動作ログを膨大なストレージに大量に貯めて、それをAIに解析させる。近い未来では、AI搭載されたロボット同士が処理データを見て、「これはここがおかしい」と逆提案をしてくるかもしれません。

青木:なるほど。

奥田:これらに加えて、開発過程で発生する課題は発生した時点ではなかなか正解がわからないですね。ですからたくさんのエンジニアが知恵を絞ってモデルを立て実験を行いますが、そこに対策を提案してくるようなロボットの登場を期待しています。

ヘルスケアデータの利活用へ向けた“無限”ストレージ開発

奥田:私たちが使用している半導体製造装置では加工している状態をセンシングしており、製品の特性に異常をきたすような状態になる前にアラームを出す仕組みになっているのですが、同様にスマートウォッチのようなウェアラブル端末などもセンシングデータから事前にアラームを出してくれるようになりました。先日ニュースになりましたが、倒れたときの心電図や、衝撃を検知して、人の助けを呼んでくれて助かったとか、心臓の病気の予兆を見つけたとか、ヘルスケアデータで健康を管理できるようになりました。

青木:重大な課題は高齢化ですよね。認知症予備軍のような方が1000万人程度いるといわれていますから、安心して暮らせるようなウエアラブル・デバイスができたらいいなと思います。でも充電が面倒くさいですよね。ぼくですら朝ばっちり充電できている日は週の半分くらいですから、高齢の方は難しいだろうなと思います。

奥田:つけっぱなしでも大丈夫な状況にしないといけないですね。

青木:あと、ヘルスケアデータはプライバシーの問題があるので全部クラウドに送るわけにもいかない。また、カメラに危険を察知してほしいけど、自分がどこを歩いていたかとか全部を記録されるのは誰しも嫌なものです。だからそういうデータは必ずエッジで処理される必要がありますよね。

奥田:すべてをクラウドに上げるわけにもいかないとなるとエッジにかなりの容量が必要です。365日、チャートとして1秒当たり取る必要はないのかもしれないですけど、1分当たりで取ったとしても1時間で60分、1日24時間、365日、それが5年、10年となったときに、データ量はどんどん増えていきます。センサーの性能が上がってくると、取れるデータがさらに増えるかもしれない。私たちとしては、ストレージをつくっている会社なので、データを全て収集しても破綻しないものを今後つくっていきたいですね。無限の容量を提供していくための開発を進めていきたいです。

触れるロボットだからこそ取得できるデータのクオリティ

青木:ぼくは脳科学に詳しいわけではないですが、フラッシュメモリというのは、アドレスを指定して、メモリの内容を読み出すわけですよね。でも、人間の記憶はそうではない。物語の形式で覚えていたりとか、一連の手順として覚えていたり。最近、神経科学者のジェフ・ホーキンスさんの本を読んだのですが、彼が主張していたのが、人間は脳細胞の中に位置情報が組み合わさっているということでした。

奥田:記憶と位置情報はひも付いてる、というのはたしかにあると思いますね。さらに匂いや味などの五感で記憶が引っ張り出されることはあります。記憶喪失の方が、チキンラーメンを食べたら記憶が戻ってきたということもあったり。ですから土地にひも付く記憶、五感、感情とひも付くデータはたくさんあると思います。

記憶を考えると、体験しているときはつらかったけれど、10年後、振り返ると楽しかったなと思うことがあります。それは同じ体験を思い出しているはずだけど、捉え方が違うということです。これはメンタル的なものですよね。記憶を再現しようとすると、そのときの脳内物質まで再現しないといけない。そうすると、映画『トータル・リコール』のように、人の体験をインストールしたときに自分の記録と他人の記憶に分けて考えることができるのか。これは難しいですよね。

青木:再現度が高いと記憶なのか現実なのかが分からなくなりますよね。

奥田:行き着く先はそういうところなのかなと思います。ゴールはそこだとして、まずできるのは五感の再現かなと。

青木:面白いですね。ぼくは「記憶する部屋」みたいなものがあったら住みたいなと思います。自分の生活もすべて記憶していて、そこから意味のある情報だけを抽出して、最近、「飲み過ぎだよ」といってくれるような(笑)。

奥田:帰り遅いぞと(笑)。

青木:そう。例えば自分が英語を勉強したかったら、どうやったらやる気が出るか、きちんと解析をしてくれて、それをリマインドしてくれる。自分自身をうまく転がしてくれる、そんな部屋がめちゃくちゃ欲しいです。その部屋にぼくらのロボットがいるといいなと思います。

奥田:ユカイ工学のロボットを抱くことで、よりパーソナルなデータが取れると思います。ぼくは「抱く」「撫でる」「触る」という行動そのものにも意味があると思うんです。例えば「甘噛みハムハム」(=赤ちゃんや幼いペットがする甘噛みを再現したユカイ工学の新作ロボット)で、「あれ?突っ込んでるときの突っ込み方が荒いぞ!」とか(笑)。甘噛みされているときに脈を取ったり、血圧を測ったり。

家の中にセンサーがあっても、基本は触らないですからね。それに対して、ユカイ工学のプロダクトは、接触するものが多い。だからこそ触ることでよりパーソナルなデータが取れる。そのときに取れるデータは、種類と質が変わってくるはずです。もちろん、Apple Watchをつけていたとしても、触ったり、指を突っ込む「アクションを伴うデータ」は、また違うものになるはずです。

青木:めちゃくちゃ面白そうです。

記憶とリンクするストーリーを蓄積してコラボ実現!?

奥田:青木さんの作られているロボットはエモーショナルなところに働きかけてくるもので、データを収集する意味でも価値のあるものができそうです。

青木:ぼくたちのロボットが、というよりも、もともと持つ性質として、人間はロボットにエモーショナルな気持ちを抱くのだと思います。

奥田:情緒はすごく大切ですね。でも情緒の記録はすごく難しい。情緒を揺さぶるようなデバイスでセンシングできたら面白いデータになりそうです。

青木:いまは情緒を記録できるものはないですね。

奥田:ないです。後から見て、楽しかったなとか美味しかったなとか。同じものを見て怒る人もいれば、楽しむ人もいるので情緒には正解がないのですよね。

青木:アメリカの冒険家がいっていたのですが、一番、楽しかったことを思い返すと、必ず苦しい体験があったそうです。

奥田:苦痛からの解放みたいなのがセットなのでしょうか。「もう一回やれ」といわれたら大変だけど達成感はすごいという。かなりつらいエピソードの記憶があることで盛り上がるということは、ストーリーが大切なのかなと思います。

記憶に対してストーリーがある。そういうデータをいろいろな手段で蓄積して、青木さんのデバイスや先進のデバイスに記憶して、それを私たちがつくっているストレージにどんどん貯めていき、将来もっと住みやすい世界にしていけたらいいなと思います。

青木:ぜひ一緒に作っていきたいですね!

掲載している内容とプロフィールは取材当時のものです(2022年6月)