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「記憶検索型AI」後編
Internet of Memories:NFTアートから子守りAIまで、「記憶検索型AI」の実装アイデアを探る
― In the Pipeline 記憶×テクノロジーが拓く未来の地平 ―
2022年07月05日
「自分より自分のことを知っているAI」は、実際、どのような分野において、どのような役割を果たすことができるのだろうか。英国王立芸術学院(RCA)で学び、その後MITメディアラボで助教などを歴任したスプツニ子!氏が、スペキュラティブな視点から「記憶検索型AI」の可能性を提示する。
目次
これからのNFT(Non-Fungible Token)アートの可能性
私たち人間と同様に、新しいことを学び、経験を蓄積しながら成長していくことができる「記憶検索型AI」。それは言い換えれば、使う人間に寄り添い、「記憶」を大切にするAIであり、従来の最大公約数的なAIに相対して、“自分だけの、超パーソナルな”AIを手に入れることができることになる。もしそんな未来が実現するとしたら、果たしてどのような可能性が生まれ、また私たちの日常を変えていくのだろうか。このテーマに対し、まずはスプツニ子!氏のフィールドであるアートから話は広がっていく。
スプツニ子!:「記憶検索型AI」は、自分の身近なデータをちゃんと学んで「育ち」、自分の納得のいく解釈や判断をしてくれるという側面があることがわかりました。でもAIのもうひとつの側面には、人間が思いつかないような提案をするAIというのがあります。特にクリエイティブな領域だと、そういう側面でAIが使われたりすることが多い印象です。
出口:前編で話したブラックボックス問題をクリエイティブ視点から捉え直すと、「ぼくらが思いつかないことが出てくる」=「ブラックボックスがいい」ということですよね。AIのブラックボックス問題をポジティブに捉え、「記憶検索型AI」をクリエイティブなことに生かしていくとしたとき、何かいいアイデアはありますか?
スプツニ子!:AIで作られる作品をもう少しファインチューニングしたいなというときに、そのデータの判断にアクセスできるのは、作家がコントロールできる領域が増えていいですよね。
いま、NFTアートがアメリカを中心に盛り上がっていて、私も最近NFTアートを作ったりしていますが、AIを使ったNFTがすごく増えているという印象です。でも、AIを使ったNFTアートをたくさん見たとき、初めは少し脅威に感じました。なぜかというと「AIはアーティストになれるわけがない」と、少し半信半疑だったからです。
例えば「AIがレンブラントやゴッホを描ける」という記事が出たけれど、それは単なる真似でしょう、と。アーティストは本当のクリエイティビティを持っているから、AIはアーティストに敵わないと思っていました。でも、昨今のNFTコミュニティにたくさん出現しているAIアートを見ると、AIをコラボレーター(協力者)として使うアーティストが多くいることに気づかされます。
元来アーティストは、美大でビジュアル表現や映像表現の訓練を受けて作品を創ってきたのに、新しく登場してきた人たちは、なんの訓練も受けていないのに、AIのプログラムで創作できてしまう。しかもAIと何回か制作をすると、10回もやれば結構面白い作品が出てくるんです。それを本当に脅威に感じました。しかもAIと一緒に創ったアートを1枚10イーサ=400万円くらいで売っている人がいて、すごい時代になったなと思います。
出口:面白いですね。
スプツニ子!:そうなんです。
出口:従来のAIのプログラムの場合、何パターンか出た中から選ぶ、というようなことだと思いますが、「記憶検索型AI」であれば、その中に自分の好みがカスタマイズされやすくなるかもしれないですね。
スプツニ子!:そうですね。AIとコラボしたとき、最終的には人間の判断がセンスとして関わってくるので、自分でカスタマイズできるのは作家性に直結すると思います。そうだ、“キオクシア・アート部”を作って、NFT化したらいいのではないでしょうか。
吉水:Qを言葉で出して、Aを絵で返したり、音で返したりもできるようになってきています。絵を入れたら音が返ってきたり。例えば匂いを感知して言葉で表現するような、五感をトランスレーションできる自由度が、アーティストに対して提供できる新しい価値なのではないかなと思っています。
スプツニ子!:そうですね。例えば「納豆、キリン」みたいなちょっとしたキーワードから、不思議な納豆まみれのキリンとか出てきたり(笑)。
吉水:強制マッチングですね。
スプツニ子!:NFTの時代になり、言葉を絵にするとか絵を音にするとか、五感のもつ意味がより変わったなと感じます。アルゴリズムから生成されるジェネラティブ・アートの世界は70年代くらいからありましたが、NFTアートの時代になり、作家として、むしろそういうAIやアルゴリズムを使ったほうが、作品を多く作ってコレクタブルも作れる。
そういうAIと人間がコラボしながら創作をすることは、最初は「目新しいから面白い」という感じでしたが、いま、アートのマーケットの中で重要性を増してきています。私もキオクシアさんのそういうツールを使って、NFTアートを創ってみたいです。
出口:いまはAIモデルから生成されたアート作品に対して、NFTというかたちで価値がついてくる状態ですが、そういうアートを創るための知識を持ったAI自体を提供していく、というのもありかもしれません。「記憶検索型AI」であれば、自分のパーソナルデータの一部を切り売りすることも可能になるはずですから。
スプツニ子!:知識を積み上げることで、独自の作家性を持ったAIを育てることができるということでしょうか。
出口:そうですね。知識自体に価値を持たせることができるようになると思います。
スプツニ子!:すごい!「私のいつもコラボしてるAI、めっちゃ優秀なんだ!」みたいな感じ(笑)。
出口:「これ、使ってみてよ」という感じでアルゴリズムを出してみるのはありかもしれないですね。
吉水:自分が対峙する相手として見てもいいですが、自分そのものとして育ててもいいと思います。そのナレッジや考え方は、もし自分の身体が動かなくなったとしても、価値に変えていけるかもしれない。
スプツニ子!:従来のAIのクリエイティブツールは面白いけれど、パターンが20個くらいしか用意されてないから同じようなものばかりになってしまう。でも「記憶検索型AI」を使えば、私だけの最高のクリエイティブ・コラボレーターを作れる。これはエキサイティングですね。早速、何かを作り始めたくなってきました。
出口&吉水:その方向で作りましょう!
パーソナライズされた温かみのあるAI
出口:「記憶検索型AI」は、従来のAIと比較して「記憶を大切にするAI」というメッセージを掲げることで、AIに対する印象を柔らかく、温かい感じに変え、世の中に貢献したいと思っています。
吉水:手元で自分自身と一緒に成長するAIが実現するようになったとき、AIは初めて共感できるパートナーになれるのではないかと思います。「Hey, ○○」と言ったときに、クラウドから平均値を出されるのではなく、自分をよく知っているAIだからこその受け答えができる。そういう温かみのある人工知能の世界ができたらいいなと思います。
スプツニ子!:例えば私の世代は、親が高齢になっています。高齢者の多くが、コロナ禍であまり外出できていなかったり、離れて暮らす家族に会えなくて孤独を感じていたりすると聞きます。だから頻繁に電話をして、「今日、何したの?」「散歩したの?」「天気いいよね」みたいなたわいもない会話を続けることが大事だと感じています。でも、1日10分ではなく、もっと話したりインタラクションする時間があってもいいと思うので、「私と会話してるかのように話をしてくれるAI」があるといいなと思うんです。
もちろん、自分で電話をするのも大事だけど、自分が電話してない時間が何時間もある中で、親との時間を作りたい。そのAIに任せっ放しではなく、自分でも話すけれど、もう少しインタラクションできるような存在としてのAIがあればいいなと思います。私の話し方や記憶、親の記憶をベースにパーソナライズしたAIができれば、相づちの仕方も違うはずです。話しやすいAIができる。
出口:ひとりひとりの「記憶を大切にするAI」にぴったり当てはまりますね。
スプツニ子!:あと、実は第1子を出産しまして、いま生後6カ月なのですが、赤ちゃんを見ていると「毎週、変わるな」と思うんです。先週はおしゃぶりすれば落ち着いたのに、今週はおしゃぶりをあげても「ぺっ」ってする。そうやって変わりゆく赤ちゃんを、私もある種AIのようにラーニングしてあやしているのですが、私と一緒に成長を見守るパートナー的なAIがあったらいいなと思います。
もしかしたら赤ちゃんが寝ているゆりかごかもしれないですが、赤ちゃんが夜に泣き出したときに、その赤ちゃんのことを学んであやしてくれるようなAI。赤ちゃんの成長と記憶をベースにした「記憶検索型AI」もできるのかなと。
出口:どう揺らせば泣きやむのか、パーソナライズされている「AIゆりかご」ですね。継続的に学習していくことができる。
スプツニ子!:赤ちゃんによって個性がありますからね。
出口:いいですね、そういう用途に使えると。
吉水:ポイントは記憶だと思います。まずはみんな、「こういうときはどうしたらいいの?」とネットで検索すると思います。それが辞書としてあって、そこに自分の子どもの特徴を書き換えていくことで、「こうすればいいよ」というパーソナライズされた答えが出る。
スプツニ子!:そう。インターネットにある一般的な育児の知識と自分の子どものデータを掛け合わせて、ベストな判断をしてサポートしてくれる。
吉水:介護でもロボティクスでトライアルしている人たちがいますが、「記憶検索型AI」をはめるとかたちになるかもしれません。
二次元ファン×AIの相性の良さ
スプツニ子!:あとは、私、アーティストとしてAIで不思議な実験をすることがあります。例えば最近、三島由紀夫の小説をAIに全部学習させました。三島由紀夫的な思想を持つAIを作り、何か迷ったときに「三島由紀夫に聞いたらなんて答えるのか」を実験してみたんです。これって三島由紀夫に限らず、例えばミッキーマウスを学習させれば、ミッキー的な受け答えをするAIもできるわけです。
* 他人の著作権など知的財産権に抵触しない範囲において。以下同じ
実は私、保育園のころいじめられていたのですが、ミッキーマウスのAIに「私、今日いじめられた」と言ってミッキーAIに慰められたら、どれだけ勇気づけられたかなと思います。自分に合ったかたちで自分のヒーローやヒロインと話せるかもしれない。そういう妄想もしちゃいましたね。
出口:面白いですね。
吉水:ミッキーの好きなところも一人ひとり違うから、その好きなところをミッキーに知ってもらうこともできますね。ミッキーのデータセットがあって、「あなたは、ぼくのどこが好き?」という質問に答えていくことで成長していく……といった。
スプツニ子!:どんどん自分の好きなミッキーになっていくわけですね。自分の好きなキャラクターがいる人は多いから、自分に合ったキャラにどんどん育てられるのはいいな。
吉水:いいですね、そのプロダクト。しかも、いちいちWi-Fiに接続しなくても手元で完結します。
スプツニ子!:日本はキャラクターに恋をする人が多いですよね。二次元キャラに恋をしてる人とAIを掛け合わせたら、ものすごい需要がありそうです。
出口:そういう人たちは新しいものが好きですよね。コラボすると面白くなりそうです。
スプツニ子!:SiriやAlexa、Google Home™ は、なるべく癖を減らすように平均値化したアシスタントを作ろうとしているから、こちらは癖だらけで絶対楽しい。
出口:平均値化したアシスタントは、膨大なデータから平均の画像処理を覚えたりするとデータもいっぱい食うし、電力もかかります。しかし、パーソナライズする分にはそこまで要らないかもしれない。そういった意味でも効率良く作ることができそうです。
ライフログを通して人に寄り添ってくれるAI
スプツニ子!:いままで話してきたAIは、アクションや言動のラーニングに近いものでしたが、私たちは人間なので、バイオデータをたくさん持っています。このバイオデータを学んでいくAIを考えていくのも面白いかもしれませんね。
例えば女性は毎月生理になりホルモンが変化します。女性たち自身はそれを何となくラーニングして日々の生活を設計していますが、AIが自分の体と向き合い、自分の仕事やプライベートを設計するのを一緒に考えてくれたら、すごくありがたいなと思います。
吉水:データ化できるものはすべて取り扱えるので、まずは生体センサーで自分の状態を見ることは、パートナーとなる企業の技術で可能です。また、いま取れるデータを賢く計算してその状態を知るようなやり方なら、自分の状態に合わせてリコメンドを変えることもできそうです。
出口:例えば料理を提案してくれるAIとかも考えられます。冷蔵庫の中に入っているものと、自分が食べたいものを入力することで、レシピの候補を提示する……とか。いまの技術でもできると思いますが、例えば二日酔いで考える気力もないときにセンシングされていて、冷蔵庫の中身に応じて「野菜スープがいいよ」みたいな提案をしてくれるといったこともできるかなと。日々のデータでカスタマイズするものは、人に寄り添える、信頼できるAIでないとできないので、ぼくたちの「記憶を大切にするAI」ならできるかもしれないなと思いました。
スプツニ子!:バイオデータに合わせて自分に寄り添ってくれるAIにはポテンシャルを感じます。つまり、AIに自分のことをわかってほしいということですよね。
“Internet of Memories”の時代へ
吉水:ライフログをどう取り、どう認識するかがこれからのテーマだとすると、メタバースのような仮想世界のほうがデータを取りやすいという側面はあるかもしれません。しかも、メタバースに二次元のパートナーがいる状態のほうが、感覚的にもフィットする気がします。
出口:メタバースなら、すべてのデータがデジタル化されている状態ですからね。仮想空間内での「パーソナルな何か」を保存していくことで、仮想空間内での自分らしさをアシストしていくAI、という価値を提供できるようになるかもしれません。あるいは、メタバース内でその人のデータをもとにしたAIアシスタントが動いている、といった分人的なことにも活用可能かもしれません。
スプツニ子!:デジタル空間上で過ごす時間が増えていくと、ログを貯めていきやすいから、メタバース空間上に自分の相棒が作れるわけですね。
出口:一歩目はそこから入ったほうが、データを集めるという観点では早いかもしれません。
スプツニ子!:そうかもしれないですね。
吉水:ただ、個人的にはフィジカル空間にこだわりたいんです。プロダクトが小さいので、これをコントロールするコンピューターが今後どのようなサイズになるのかを、ぼくらはまだ見積もれていません。しかし、「AIを成長させるキーファクターは記憶容量」だとしたら、ぼくらなら小さな空間に情報を貯めておくことができる強みがある。メタバース空間だとクラウドとの通信の中でいろいろできると思いますが、「一つひとつの端末が賢い」という状況を作りたいんです。
スプツニ子!:もの自体に賢さを詰め込む。
吉水:そうですね。もの自体に思いを込める。小さなプロダクトとして作っていくことにこだわりたいんです。それこそがキオクシアの特徴であると。あれにも、これにも、すべてのものに記憶があるようにしたい。
スプツニ子!:記憶がそこら中にあるわけですね。ひと昔前に「Internet of Things」、いわゆるIoTという言葉が出てきました。でも、キオクシアなら「Internet of Memories」ができそうな気がします。「IoM」。ものをつなぐだけではなく、記憶をつなげられる。
出口:IoM、素晴らしいです。
スプツニ子!:ぜひIoMを推し進めていっていただけたら。
吉水:すごい、ぜひ進めていきましょう。
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掲載している内容とプロフィールは取材当時のものです(2022年3月)