「30億件のデータとAI」が革新の源泉に
キオクシア四日市工場が挑む先端モノづくり

技術者全員をAIの使い手に

転載元:EE Times Japan
EE Times Japan 2025年4月21日掲載記事より転載
本記事はEE Times Japanより許諾を得て掲載しています。
部署名・肩書は取材当時のものです。

世界最大級のフラッシュメモリ工場であるキオクシア四日市工場。ここは、1日30億件も生成されるデータとAI技術を駆使して先端のモノづくりを行う巨大なスマートファクトリーでもある。あらゆる業界でAIの導入が始まる中、四日市工場の生産現場ではAI活用が既に「当たり前」になっている。多くの技術者がAIを身近に使いこなし、高品質なフラッシュメモリ製造へとつなげている四日市工場の取り組みに迫る。

AI活用は既に“当たり前” 巨大なスマートファクトリー

 東京ドーム15個分(69万4000m2)の広大な敷地に7つの製造棟が立ち並び、巨大なクリーンルームでは数千台の大型装置が24時間、高度な自動制御で稼働し続ける。頭上では多数のウエハー自動搬送装置がレールを行き交い、装置から装置へと次々にウエハーが運ばれていく――。

 それが、世界最大級のフラッシュメモリ工場であるキオクシア四日市工場だ。三重県四日市市に位置するこの工場は1992年に設立されて以来、拡張を続け、さまざまなアプリケーションの発展に伴い増加していくフラッシュメモリの需要に応えてきた。現在、四日市工場には約1万人が勤務する。

キオクシア四日市工場全景

キオクシア四日市工場全景 提供:キオクシア

 四日市工場の特徴はその驚異的な規模だけではない。約30年前の設立当初から先進的なデジタル技術を取り入れてきたスマートファクトリーでもあるのだ。自動化やIT化、AIの積極的な導入により徹底的にスマート化を図り、20年前には高度な自動制御によるフラッシュメモリ製造を実現した。2010年代半ばからは機械学習の活用を本格的に開始。現在では、工場のあらゆる場所から生成される1日30億件ものビッグデータを、AIを駆使して解析し、高品質かつ高付加価値なフラッシュメモリ製造につなげている。

 国内の製造業ではAIの導入や業務利用の遅れが指摘される中、なぜ四日市工場では、AI活用が既に日常的になっているのだろうか。そこには、AIを“味方”につける、キオクシアならではの流儀があった。

AI導入を後押しした「30億件」のデータ

 四日市工場のAI活用を後押ししたのが、日々生成される膨大なデータだ。

 巨大なクリーンルームをいくつも備える四日市工場では、製造装置、検査装置、ウエハー搬送システム、クリーンルームそのものなど、あらゆる所からデータが生成される。キオクシア四日市工場 第二生産技術部の田中祐加子氏は「ウエハーがクリーンルームに入ってから製造プロセスを経て製品として仕上がるまでの“履歴”が全てデータになる」と語る。ウエハーが何日の何時に、どの製造装置で処理されたのか、そのとき装置はどんな設定だったのか。こうした細かい情報は全てデータになる。製造されたフラッシュメモリの評価では1ビットまで詳細にテストするため、ここでも大量のデータが出力される。こうして四日市工場では、30億件ものデータが日々生成されている。技術者が把握できる量をはるかに超えた規模であるため、四日市工場では早い段階からAIを用いたデータ分析の高度化と高速化に取り組んできたのだ。

四日市工場は、自動化とAI化を早くから取り入れてきたスマートファクトリーである 提供:キオクシア

四日市工場は、自動化とAI化を早くから取り入れてきたスマートファクトリーである 提供:キオクシア

不良の特徴抽出をAIで自動化、分析時間を99%削減

 四日市工場でのAI活用事例の一つが品質管理だ。デバイス(フラッシュメモリ)の検査から得られるデータと、製造プロセス(製造装置など)から得られるデータをAIで分析し、不良の原因を特定。その不良を解消するように製造プロセスを変更することで、フラッシュメモリの品質維持や歩留まり改善を実現している。AIは「デバイスの品質と製造をつなぐ役目を果たしている」ともいえる。

 一例として、デバイスの品質検査では、ウエハー面内の不良解析を機械学習によって自動化する独自の手法を考案した。具体的には、非負値行列因子分解(データから自動的に特徴を抽出するAI技術)を用いて、不良の特徴抽出や分類、分布の把握を高速かつ自動で実行する。従来は技術者がウエハーの検査データを1枚1枚見比べ、不良の特徴を見極めて分類していたが、データが膨大なのでかなりの時間を要していた。AIを用いた高速な自動解析を実現することで、分析時間を99%削減することに成功したという。

 製造プロセスでは、データ解析に統計モデリング(ベイズモデリング)を適用。品質管理に最適な管理値(装置の設定値など)を決定し、その管理値に基づいて製造プロセスを制御する手法を構築した。

AIを用いた半導体製造プロセス改善の一例 提供:キオクシア

AIを用いた半導体製造プロセス改善の一例 提供:キオクシア

 田中氏のチームが考案したこうした手法は、International Symposium on Semiconductor Manufacturing(ISSM:半導体生産技術国際シンポジウム)などの半導体関連の国際学会で、数々の賞を受賞している。

AIで「ロジカルな品質管理」を目指す

 四日市工場が目指すのは、データに基づいた「ロジカルな品質管理」だ。「より高品質なフラッシュメモリを、より高い歩留まりで製造するためには、製造装置の設定をどう変更すればいいのか」を、データに裏打ちされた論理的根拠に基づいて決定できるようにするということである。

 品質管理のベースになるデータの解釈は、従来、技術者の経験と勘を頼りにしていた世界だった。前述した通り、デバイスや製造プロセスの不良解析は、熟練技術者のノウハウに依存する部分も多い。「だが新しいものを作り出すには、経験のないところ、勘が働かないところで勝負しなくてはならない。そのために、データで裏打ちされたロジカルな品質管理の実現を目指してきた」(田中氏)

 熟練技術者の“勘”は重要だが、「勘によって導き出された答えはロジカルなものではなく、不確かな部分も多く含まれる」と田中氏は話す。四日市工場では、AIを用いたロジカルな手法によって“不確かな部分”を解消することで、技術者がこれまで積み上げてきた知見をより効率的に活用できるようになった。分析時間を99%削減した自動解析は、まさにその好例といえるだろう。田中氏自身も「大きな成果だと自負している」と強調する。

キオクシア四日市工場 第二生産技術部 田中祐加子氏

キオクシア四日市工場 第二生産技術部 田中祐加子氏

 田中氏がAIを活用する目的は2つある。1つは要約だ。30億件という途方もないデータを、AIはシンプルかつ明快にしてくれる。これは、AIが最も得意とすることでもある。

 もう1つが「不確かさの可視化」だ。フラッシュメモリの製造は、ナノメートルのレベルでウエハーを加工する世界だ。基本的には、何が起きているかが人間の目には見えない状態で製造プロセスが進む。その上、基本的に不良は少ないので、不良に関連するデータも必然的に少なくなる。その少ないデータの中から、確からしさが少しでも高い情報をいかに引き出せるかが極めて重要になる。こうした困難な状況の中でAIが提供してくれた価値が「不確かさの可視化」、つまり不確かさを数値で教えてくれることだった。

 「技術者の勘をもってしても、それはできない。AIによるデータ分析の高度化によって、初めて可能になったことだ。確からしさが高い結果を製造プロセスにフィードバックできれば、その分改善は早く進む。AIは判断を支援する材料を与えてくれる」(田中氏)

AIは「魔法のレンズ」

 AIの活用を説明する際、田中氏が好んで使う表現がある。「AIは魔法のレンズである」という言葉だ。「数字や文字の羅列でしかないデータから、AIという“魔法のレンズ”を通すことで、新しい情報を抽出する。自分が欲しい情報に変換する。これがAIの使い方だと考えている」(田中氏)

 新しいAI技術や、AIを用いたサービスが次々と登場する中、製造業を含むあらゆる業界でAI活用が必須とされる時代になりつつある。「AIをどう活用すればよいのか分からず、悩んでいる」という声は、多くの技術者やビジネスパーソンから聞かれる。だが田中氏は「AIをどう活用するかについては一度も考えたことがない」という。

 「AIはあくまでも手段の一つ。極端に言えば、目的達成のために必要でないなら使わなくてもよいと捉えている」(田中氏)

 プロセスインテグレーション(製造プロセスの統合)技術者である田中氏の目的は「デバイスと製造プロセスの関係性をいかに明確化し、ロジカルな品質管理につなげるか」だ。そのために課題を割り出し、解決する手法を検討する段階で初めてAIという選択肢が出てくる。「工場では伝統的にいわれていることだが、手段からは考えない。目的と現状とのギャップを見いだし、それら2つの間をつなぐ地図を考える。そこにうまくマッチするAI技術があれば、存分に活用する」(田中氏)

 これが、田中氏が考える「魔法のレンズ」の使い方だ。さらにこのレンズは「虫メガネのように手軽で、使い勝手が良いものでもあるべき」とも話す。技術者にとってAIを手軽なツールにするために、田中氏は数年前からAI活用を四日市工場で広めるプロジェクトも主導している。

AI「無関心」から、技術者全員が「AIの使い手に」

 AIを身近に感じてもらうために、社内プロジェクトを立ち上げ、特に若手エンジニアにワークショップなどを行いながらAIの知識を学んでいく。数カ月から半年ほどのプロジェクトが終わった後は、ポスターセッションのような発表の場を設ける。参加者やふらりと立ち寄ったエンジニアたちとの雑談が、次の「AI活用の場」につながることもある。こうして地道にAI活用を広めているのだ。

 たった3人で始まったこのようなプロジェクトは、この2年で200人が参加する規模にまで成長した。田中氏らがまいた“AIの種”は少しずつ芽吹き、工場内のあちこちで花を咲かせ始めている。「さまざまな社内プロジェクトを経て、技術者全員がAIとともに仕事をしている。これだけ多くの技術者がAIの使い手になっている企業は、なかなかないのではないか」(田中氏)

 AI普及のために田中氏が大事にしていることが2つある。1つはエンターテインメント性だ。「AI活用はとても楽しいもの。『何それ? 使ってみたい!』と思ってもらえるようなプロジェクト作りを心がけている」。そのため遊び心に満ちたプロジェクト名をつけるようにしている。

 もう一つが、「三方よしであること」だ。田中氏たちのようにAI活用を推進する「作り手」、AIを活用する「使い手」、そして、AI活用のためにIT環境などの基盤を整える「会社」。この三者全てにとって利点をもたらすものでなければならないと、田中氏は考えている。使いたいAI技術がどれほど優れていても、それを使うコストが高過ぎるのであれば、企業としては現実的ではない。AIを使う目的やAIの質、コスト、そうした要素の最適解を見つけることも重要だ。

AIで「自分の仕事をもっと自由にする」

 田中氏は「AIは、自分たちの仕事や自分の生き方を、より自由にしてくれるきっかけになるものだと感じている」と強調する。AIは日進月歩で進化し、毎日のように新しいサービスが増えているが、AI技術の新旧だけではなく、使う目的を重視すれば、AIは「魔法のレンズ」として、この上なく強力な味方になってくれるだろう。

 日本はAI後進国だと憂慮する声も多い中、四日市工場では、そんな言葉をはねのけるほど技術者たちがAIを身近に使いこなしている。「AIはモノづくりの味方である」。キオクシア四日市工場は、それを見事に体現しているスマートファクトリーなのだ。

キオクシア四日市工場 第二生産技術部 田中祐加子氏
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