高速書き込みと長時間情報保持を両立する大容量MRAM向け微細MTJ技術

2024年3月14日

AI、IoTやディープラーニングのような革新的技術では、大容量で低コストの高速不揮発性メモリが必要と考えられており、垂直磁化型磁気トンネル接合(MTJ)をメモリセルとして利用したスピン注入磁化スイッチ型磁気メモリ(STT-MRAM)は有望な候補として研究開発が進められています。将来、より大容量かつ低コストなメモリを実現するためには、MTJの微細化による高密度化が必要ですが、従来のMTJ技術で用いられるコバルト鉄ボロン合金(CoFeB)単層型記憶層(storage layer)では直径~20nm以下の領域で、情報保持能力が劣化することが課題でした。今回我々は、複数の磁性層を組み合わせることで高速書き込みと長時間情報保持を両立する14nm世代向けMTJ技術を提案し、実証しました。

今回提案した高速書き込みと長時間情報保持を両立するMTJ技術(AccelHR-MTJ: Accelerated STT-Switching and High-Retention MTJ)のコンセプトを図1に示します。ここで、PMAは垂直磁気異方性(Perpendicular Magnetic Anisotropy)、Jexは強磁性体間に生じる交換結合定数、αeffは強磁性体の有効ダンピング定数、RA抵抗面積積、Hexは人工反強磁性体参照層(Synthetic AntiFerroMagnetic Reference Layer: SAF-RL)の交換結合磁場をそれぞれ示します。

AccelHR-MTJの記憶層は大きなPMAにより高い情報保持能力を持つ高リテンション磁性層(HRL)、小さなPMAとαeffにより高速STT磁化スイッチを可能とする磁化スイッチ加速層(SAL)、HRLとSALの磁化を強磁性的に交換結合させるスペーサ層で形成されます。セルに書き込み電流を印加しない場合、HRLの磁化の向きが変わらないため、長時間情報が保持されます。一方で、セルに書き込み電流を印加すると、SALが電流により誘起されるスピン注入の効果で先行して傾き、さらに、スペーサ層を介したJexをバネのように利用してHRLの磁化を高速に反転させることができます。

図1 高速書き込みと長時間情報保持を両立するAccelHR-MTJ技術のコンセプト[1] ©IEEE 2023

AccelHR-MTJのコンセプトを実証するために、設計に応じた特性を持つ磁性層の積層膜を作成し、イオンビームエッチングを用いた低ダメージ微細加工技術を用いて、直径14nmの微細AccelHR-MTJ素子の試作に成功しました(図2)。

図2 直径(D)14nmに加工されたAccelHR-MTJ素子の断面TEM写真[1] ©IEEE 2023

図3にAccelHR-MTJ素子で得られた情報保持能力(Δ)と、高速書き込み特性を示します。90℃で10年以上に相当する情報保持能力と、書き込みパルス幅(tp)が5nsと短い高速スピン注入磁化スイッチが両立することを実証しました。これらの結果は、AccelHR-MTJが大容量かつ高速なSTT-MRAM を実現するポテンシャルを持つことを示しています。

図3 AccelHR-MTJ素子による(a)長時間情報保持能力と(b)高速書き込み特性の実証[1] ©IEEE 2023

この成果はIEDM2023で発表されました。

文献
[1] M. Nakayama et al., 2023 International Electron Devices Meeting (IEDM), San Francisco, CA, USA, 31-1