“記憶の技術”は どこから来て
どこへ向かうのか

― わたしたちの「記憶」史 ―

日本にインターネットが普及するはるか前の1987年、舛岡富士雄氏(元・東芝、現・東北大学名誉教授)によって世界初の「NAND型フラッシュメモリ」が発明された。小型、安価、高速な読み書きが可能……といった特性を活かし、現在ではスマートフォンやデジタルカメラ、モバイルPCなど、いたるところに普及。情報社会のいしずえを担っている。そのイノベーションの軌跡をKIOXIAの山路航太とともにたどり、NAND型フラッシュメモリが社会にもたらした価値を紐解く。インタビュアーはメディアの最前線を長年にわたり取材してきたジャーナリストの服部桂氏。

NOR型、NAND型のイメージ図

ネット普及前夜に生まれたNAND型フラッシュメモリ

――まずKIOXIA(当時の東芝)が世界にさきがけて発明した「フラッシュメモリ」とは、どんなものなのか、簡単におさらいさせてください。

山路:フラッシュメモリは「半導体を利用した超小型の記憶装置」で、身近なものではスマートフォンやタブレット、ビデオカメラ、ゲーム機などに組み込まれています。データの受け渡しによく使う「USBメモリ」もフラッシュメモリを用いています。東芝は、1984年に世界で初めて「NOR型フラッシュメモリ」、そして、1987年には現在でも広く普及している「NAND型フラッシュメモリ」を発明しています。

――1984年といえば、インターネットはおろか、パソコンも普及前。軽自動車並みの値段のパソコンで、やっと文書作成や表計算ソフトで会計処理ができるようになったばかりで、画像や音声などはデータが大き過ぎてほとんど扱えなかった。この年に出たアップルのマッキントッシュのメモリは128KBで、ビル・ゲイツも「パソコンのメモリは640KBあれば十分だ」と言っていた時代でした。フラッシュメモリは、そんなITの黎明期に誕生した技術なのですね。

山路:ええ、発明したのは舛岡さんという元・東芝社員です。当時、電源を必要としない記憶装置(不揮発性メモリ)は、テープやディスクが主流でした。でも、こうした磁気を利用した記録装置は、「読み書きに時間がかかる」「スペースをとる」などの弱点がありました。

――その弱点を克服するために開発されたのが、「フラッシュメモリ」というわけですか。

山路:そのとおりです。舛岡さんは「フラッシュメモリを使えば、何十曲もの音楽を持ち歩いてランニング中に聞けるようになる」と確信していました。当時は携帯型カセットプレイヤーが普及していましたが、すでにデジタル携帯音楽プレーヤーの登場を予見していたようです。ただ、「NOR型フラッシュメモリ」は設計上、大容量化するのが難しく、小型のまま、いかに記録容量を大きくするかが課題でした。

そして、たどりついた答えがNOR型フラッシュメモリより回路規模が小さく大容量化しやすい、「NAND型フラッシュメモリ」です。1987年に動作原理を発表し、東芝によって最初に製品化されました。現在、普及しているフラッシュメモリは、このタイプになります。

――フラッシュメモリの仕組みは?

山路:フラッシュメモリは、集積回路チップ上に無数に設けられた「メモリセル」という部分に電子を保持することで情報を記憶しています。セルに電子を保持したり、逆に放出したり、電子の「あり/なし」によって情報を記憶するというものです。

「チップは土地、セルは家」とイメージしてみてください。家のサイズを小さくし、一定の土地の広さにおける家の数を増やすことで「多くのメモリセルがある=多くの情報を記憶できる」ようになります。

NAND型はセルの回路規模が小さく、「チップのサイズを変えずとも、工夫次第で大容量化は可能」という道筋を示した画期的な発明です。以降の研究開発は、ひたすらセルを微細化して、より多くの情報を記録することに焦点があてられました。そして、フラッシュメモリの大容量化はムーアの法則※を超えるペースで進みました。

※ムーアの法則……インテル創業者の一人であるゴードン・ムーアが1965年に唱えた半導体の集積率に関する法則。現在では一般的に「半導体の集積率は18か月で2倍になる」と言われる。

半導体のフラッシュメモリにこの法則は当てはめると、チップサイズあたりの容量は18か月で2倍になります。3年で4倍。10年で約100倍。言い方を変えると、10年で容量あたりの価格を約100分の1にすることができます。

NANDは微細化以外にも「多値化」などの技術によって、ムーアの法則以上のペースで集積度を高めました。基本的なNAND型フラッシュメモリは、1つのセルの中に電子が「あり/なし」で、1bitを記憶しますが、多値化技術は、セル内の電子の状態を細分化することで2bit以上を記憶できるという技術です。詳しい説明は省きますが、同じスペースで、2倍以上の情報を記憶できるようになります。

グラフ
技術革新によって、ムーアの法則を上回るペースで低価格化が進んでいる(出典:KIOXIA)

フラッシュメモリの本質は視覚メディアのデジタル化にあり

――フラッシュメモリが一般に普及しはじめたのは、いつ頃ですか?

山路:2000年以降です。東芝は1995年に「スマートメディア」というカード型のフラッシュメモリを開発しました。サイズは4cm四方程度で、厚さは1mm以下、重さ2g。当時、一般に普及しはじめたデジタルカメラなどに採用されました。

そして1999年には、現在も広く使われている「SDメモリカード」が登場。その頃は、さまざまな種類のメモリカードがありましたが、次第に「SDメモリカード」の規格を採用するメーカーが増え、現在は主要メーカーのデジタルカメラほぼすべてが「SDメモリカード」に対応しています。

――軽量、小型、省電力。やはり携帯することを前提にしたデジタルカメラには、こうした特性をもつフラッシュメモリが欠かせないということでしょうか。

山路:そうですね。デジタルカメラの性能が上がり、より高精細の画像や動画が撮影されるようになると、当然、データの容量も大きくなるため、大容量のフラッシュメモリが求められるようになりました。初期のSDメモリカードは16MB程度でしたが、現在は128GBや256GBの製品が主流です。もちろん、その流れは携帯電話やスマートフォンにも当てはまり、デバイスの性能が向上し、扱うデータ量が大きくなるにつれて、フラッシュメモリも大容量化してきました。

大容量を記憶できる装置として、現在でも磁気ディスクを利用した「ハードディスクドライブ」(HDD)が広く利用されていますが、やはり「読み書きの速度」「省スペース性」ではフラッシュメモリが圧倒していますので、モバイル機器ではフラッシュメモリが必須になっています。ただ、「記録容量あたりの価格」だけはHDDのほうが安いので、大きな記憶容量が必要となるPCやデータセンターでは、まだ完全にフラッシュメモリがHDDに置き換わるまでには至っていないのです。この分野ではHDDはフラッシュメモリの最大の競争相手といっても過言ではありません。

メモリの低価格化こそがモバイル革命をもたらした?

――そういえば、アップルが開発した初期のiPodにはHDDが採用されていましたね。その後、フラッシュメモリを採用したiPod nanoが登場しましたが、記憶容量が少なくなっていたことを覚えています。しかし、HDDに価格で勝つのは、そう簡単ではありませんよね。

山路:それが、最近は背中が見えてきました。

――それはなぜでしょうか?

山路:大きな技術革新がありました。実は「セルの微細化による大容量化」は、2010年代に入り、限界が見え始めていました。セルをどんどん小さくしていくと、セルの中に蓄積できる電子の数が減少して、エラーが発生しやすくなるのです。そこで考え出されたのが、「三次元化」という技術です。

微細化によってメモリセルを縮小するかわりに、セルを縦方向に積層することでチップ内のセルの数を増やし大容量化します。いわば「平屋の一戸建て」から「高層マンション」になったと考えてください。2007年、この技術を最初に学会発表したのも東芝で、現在では96層にメモリセルを積層したフラッシュメモリを量産しています。

こうした技術革新によって、フラッシュメモリの大容量化は今でも続いているというわけです。いまでは誰もが手にしているスマートフォンですが、その普及にはフラッシュメモリのイノベーションが必須でした。手前味噌ですが「軽量、小型、省電力」というそもそものフラッシュメモリの特性だけでなく、大容量化を可能にした微細化や三次元化などのさまざまなイノベーションが、重要な役割を果たしたと言えるでしょう。

データが増え続ける時代におけるメモリの新たな役割とは?

――ここまでお話を伺ってきて、あたらためてフラッシュメモリの汎用性の高さを思い知りました。まさに、ITのモバイル化を支えてきた技術なのですね。

山路:そう言っていただけると、うれしいです。たしかにフラッシュメモリの発明とその後の技術革新がなければ、世の中のモバイル化はもっと遅れていたと思います。

最近はHDDの代わりに、フラッシュメモリを使った記憶装置「SSD(ソリッドステートドライブ)」を搭載したモバイルPCも増えてきました。また、HDDに価格が近づいてきたことで、ビッグデータを保存するデータセンターでの利用も増えています。

――まもなく5G回線も実装されますし、今後さらに大量のデータを扱うことが当たり前の時代になっていきますね。その一方、情報技術の歴史を振り返ると、かつては国家や企業だけが利用できた超ハイテク技術が、どんどん一般的なものになるということが繰り返されています。
たとえば、アメリカが軍事用に開発した「GPS(衛星利用測位システム)」は国家機密でしたが、いまや誰もが使っています。そう考えると、私たちひとりがビッグデータを活用できる時代が、いずれ来るかもしれません。自分の家の上空の天気を予測したり、自分の体調や気分の変化を予測して分析したり……そんなことも可能になるかもしれませんよね。

山路:そうなるとおもしろいですね。いずれにせよ、技術が進歩すればするほど、今後もデータの重要性は増していくでしょう。最近では、IoTやAI、自動走行運転技術などを背景に、大容量のデータを保持し、高速に処理するというフラッシュメモリに対する新たな需要が生まれています。

これまでお話してきたように、フラッシュメモリには、時代が変わっても、新しい需要に応えながら進歩を続けてきたという歴史があります。私たちはフラッシュメモリを進化させ、単なる記録ではなく新しい「記憶」を生み出していくことで、そうした社会の変化を牽引できるようになっていきたいと考えています。

服部桂(はっとり・かつら)
1951年、東京都出身。1978年、早稲田大学理工学部電子工学課程修了、朝日新聞に入社。1987年よりMITメディアラボ研究員として留学、米国のメディア産業の調査を行う。帰国後は朝日新聞の発行するIT専門誌『ASAHIパソコン』『DOORS』の制作に携わる。2016年に朝日新聞社を定年退職後、フリーランスとして活躍。著書に『人工現実感の世界』『人工生命の世界』『メディアの予言者』『マクルーハンはメッセージ』『VR原論』など。

山路航太(やまじ・こうた)
1972年、神奈川県出身。1997年、システムエンジニアとして東芝に入社。2013年より半導体部門の広報を担当。2017年東芝メモリ(現在のキオクシア)発足とともに同社広報を担当。

文:相澤良晃
イラスト:高城琢郎

掲載している内容とプロフィールは取材当時のものです(2019年10月)