2枚のウエハーを高精度に貼り合わせて高密度化
ストレージに新たな価値をもたらす3次元フラッシュメモリ

CBA技術を採用したキオクシアの「BiCS FLASH第8世代」

転載元:EE Times Japan
EE Times Japan 2024年7月30日掲載記事より転載
本記事はEE Times Japanより許諾を得て掲載しています。
部署名・肩書は取材当時のものです。

データ量の爆発的な増加で重要性が増すフラッシュメモリ

 さまざまなシステムの自動化や自動車の電動化、生成AI(人工知能)の普及などにより、データ量が爆発的に増えている。膨大なデータを処理するために、高性能なプロセッサの採用も進んでいる。そうした中で重要性を増しているのがNAND型フラッシュメモリ(以下、フラッシュメモリ)だ。

 データやプログラムの保存を担うフラッシュメモリは、データ量の増加に伴って大容量化、読み出し/書き込み性能の向上、消費電力の削減、インタフェースの高速化など、あらゆる点で進化が求められている。

 市場の要求に応えるべく、フラッシュメモリの大容量化や記憶密度の向上を実現する技術開発を進めてきたのがキオクシアだ。

「高層化」だけに頼らない キオクシアが考えるフラッシュメモリの進化とは

 「“記憶”で世界をおもしろくする」をミッションに掲げるキオクシアは、1987年にフラッシュメモリを発明したメーカーだ。以降、40年近くにわたってフラッシュメモリの技術進化をけん引し続けてきた。

 フラッシュメモリは、まずは2次元(平面方向)で進化した。配線の微細化技術により、シリコンダイ当たりの記憶容量と記憶密度を向上させた。微細化はフラッシュメモリメーカーの競争の源泉になってきたが、配線幅が15nmに達したところで限界を迎える。「メモリセル同士の距離が近くなり過ぎてリーク電流が発生する」「一つのメモリセルに蓄積される電子の数が減少して読み書きの信頼性に影響を及ぼす」といった、看過できない課題が増えてきたからだ。

 そこで今度は、3次元(垂直方向)にメモリセルを積層する方法で進化が始まった。積層数を増やすことで単位面積当たりのメモリセル数を増やし、大容量化と高集積化を図るのだ。キオクシアは2007年、メモリセルを積層する3次元フラッシュメモリ技術を発表。2015年には48層の3次元フラッシュメモリを「BiCS FLASH」(注1)というブランドで製品化した。それ以降、約2年ごとに積層数を増やしたBiCS FLASHを発表し続けてきた。2021年には162層のBiCS FLASH第6世代を発表している。

 近年、メモリセルを“高層化”して記憶密度を高める技術の開発は、各フラッシュメモリメーカーで特に活発になっている。新しい世代のフラッシュメモリが発表されるたびに層数が増え、200層を超える製品もある。ただし、キオクシアのメモリ事業部長である井上敦史氏は、「メモリセルの“高層化”は、あくまでも大容量化や記憶密度向上の一つの方法であって、われわれは積層数の増加のみにこだわっていない」と語る。

 メモリセルの積層数の増加には、コストや製造プロセス面での課題も多い。最も顕著なのは加工の難易度が上がることだ。各層を薄く作らなければならない上に、積層すると高さも増すのでメモリセルを形成するためには非常に深く細い穴を高精度に加工する必要がある。これには最先端の設備の導入が不可欠だが、膨大なコストがかかる。メモリセルの積層数が増えるとそれだけ生産時間も長くなる。

キオクシア メモリ事業部長の井上敦史氏

キオクシア メモリ事業部長の井上敦史氏

 井上氏は、「キオクシアが3次元フラッシュメモリにおいて最も重視しているのは、いかに効率良くメモリセルを高集積化、高密度化するかだ。1枚のウエハーでどれだけのギガバイトを作れるか、つまり“ギガバイト密度”(GB/mm2)を高めていけるかが重要になる。単に積層数を増やすのではなく、メモリホールの深さや平面方向の設計技術、プロセス技術など、さまざまな要素を最適化してコストと性能のバランスが最も良いフラッシュメモリを開発することがわれわれのアプローチだ」と語る。

 この設計思想に沿って開発され、キオクシアの四日市工場(三重県四日市市)および北上工場(岩手県北上市)で製造される最新のフラッシュメモリが、218層のBiCS FLASH第8世代(注2)だ。

制御回路とメモリセルを別々のウエハーで作る「CBA」

 BiCS FLASH第8世代の最大の特徴が、「CBA(CMOS directly Bonded to Array)」という技術の導入だ。メモリセルの制御を担うCMOS回路とメモリセルアレイを別々のウエハーで作り込み、メモリセルアレイ側のウエハーを反転させて2枚のウエハーを貼り合わせる技術だ。

 前世代のBiCS FLASH第6世代では、CMOS回路上にメモリセルアレイを形成する「CUA(CMOS Under Array)」を採用していた。CUAのプロセスでは、先に作成したCMOS回路の上層にセルアレイを作成し、メモリセルの信頼性を高めるために高温でアニール処理を行う。だが、高温処理を行うとCMOS回路のトランジスタ特性が悪化してしまう。そのためCUAの製造プロセスには温度面でかなりの制約があり、これがメモリセルの性能をさらに向上させる上での障壁の一つだった。

BiCS FLASH第8世代に採用されているCBA(CMOS directly Bonded to Array)技術の概要(提供:キオクシア)

BiCS FLASH第8世代に採用されているCBA(CMOS directly Bonded to Array)技術の概要
提供:キオクシア

 CBAのメリットは、CMOS回路用ウエハーとメモリセル用ウエハーをそれぞれ最適なプロセスで製造できることだ。高温処理がメモリセルアレイのウエハーのみになるので、CMOS回路への影響を考慮せずに信頼性の確保に必要な温度で処理できる。ウエハーの製造プロセスを分けることで、CMOS回路とメモリセルの性能を最大限に引き出せる。

 2種類のウエハーを並列して製造するので、従来よりも生産時間を短縮できるという利点もある。

 ただし、ウエハーの「貼り合わせ」は決して簡単ではない。フラッシュメモリの信頼性を確保するためには、極めて高い精度で位置合わせをしなければならないからだ。「ウエハーの直径を1kmとすると、1mmずれるかずれないかの精度で貼り合わせる必要がある」(井上氏)。位置合わせの精度が落ちると「フラッシュメモリとして動作しない」「動作しても寿命や信頼性が著しく低下する」など、性能に影響が出てしまう。

BiCS FLASH第8世代の電子顕微鏡写真。ピンクの線が貼合面で、上部がメモリセルアレイ、下部がCMOS回路。ぴったりと貼合されていることが分かる。ピッチ幅が数ミクロンと非常に狭いことも特徴だ(提供:キオクシア)

BiCS FLASH第8世代の電子顕微鏡写真。ピンクの線が貼合面で、上部がメモリセルアレイ、下部がCMOS回路。ぴったりと貼合されていることが分かる。ピッチ幅が数ミクロンと非常に狭いことも特徴だ
提供:キオクシア

 2枚のウエハーをぴたりと貼り合わせるには、各ウエハーの表面が非常に平たんでなくてはならないため、高度な平たん化処理が必要になる。こうした一つ一つの高度な技術を製造プロセスとして結実させたものがCBA技術であり、BiCS FLASH第8世代なのだ。

 BiCS FLASH第8世代は218層と、前世代品よりも層数が増えている。「競合の同世代の製品(約230層の3次元フラッシュメモリ)よりも5%以上層数が少ない。だが当社の試算では、ギガバイト密度は約15~20%高いとみている。当社の手法は、効率良く高集積化を実現しているのではないか」(井上氏)

 BiCS FLASH第8世代は大幅な高密度化と性能向上を実現した。ギガバイト密度はBiCS FLASH前世代比で50%向上させている。書き込み性能は20%向上し、読み取りスピードは10%高速化した。消費電力は30%削減(書き込み時)している。インタフェーススピードは3.6Gbps(ギガビット/秒(注3))を実現した。「CBAの導入によってメモリセル自体の特性が良くなり、それが書き込み性能などの向上に直結している」(井上氏)

 

BiCS FLASH第8世代では、CBAの導入などによってギガバイト密度を大幅に高めた(提供:キオクシア)

BiCS FLASH第8世代では、CBAの導入などによってギガバイト密度を大幅に高めた
提供:キオクシア

 「これだけ性能を改善させるのは決して簡単ではない」と井上氏は語る。「一般論として、メモリセルの積層数が多くなると各層は薄くなり、メモリセルが小さくなるのでメモリセル自体の“素の特性”は悪化する傾向がある。その課題を突破しつつ信頼性の高いセルを作らなければ性能向上にはつながらない。そこは、メモリベンダー各社も苦労しているところではないか。それでも、世代が進むたびに約10%性能を改善することが、恐らく一つの指標や目標になっている」

 井上氏は「高層化による記憶密度の向上は有効なアプローチの一つだ。だが、積層数に頼らずCBAのようなその時々に最適な技術を導入して向上することが重要だ。そうした意味でBiCS FLASH第8世代は一つの完成形だと考えている」と強調した。
 

「BiCS FLASH第8世代」の300mmウエハー

「BiCS FLASH第8世代」の300mmウエハー

データセンターで高まるSSDへのニーズ

 BiCS FLASH第8世代は、PCへの搭載が進むPCI Express 5.0(PCIe Gen 5)対応SSDをはじめ、スマートフォン向けのストレージ、データセンターSSD、エンタープライズSSD、車載用ストレージまで幅広い用途をターゲットとする。「サンプル出荷しているお客さまからは、信頼性や性能面でポジティブなフィードバックを得ている」(井上氏)

 とりわけ期待されるのが、データセンターでの活用だ。「生成AIの普及によってデータセンターのサーバで採用が進んでいるHBM(広帯域幅メモリ)は、消費電力が非常に高い。そのため低消費電力で小型、軽量のSSDのニーズが高まっている」(井上氏)。エンタープライズ分野でもHDDからSSDへの置き換えが加速するとみている。

 「われわれはパートナー各社と協力してより良い社会の実現を目指し、フラッシュメモリ活用の拡大に向けてあらゆる性能を向上させた高密度なフラッシュメモリの開発を続ける」(井上氏)

 膨大なデータが生成されるアプリケーションが増える中、「データの保存先」であるフラッシュメモリの重要性はさらに高まるだろう。キオクシアのBiCS FLASH第8世代は、ストレージに新たな価値をもたらすはずだ。
 

キオクシア メモリ事業部長 井上氏
  • 本記事は掲載時点の情報であり、最新の情報とは異なる場合があります。
  1. 「BiCS FLASH」はキオクシア株式会社の登録商標です。
  2. 本記事に掲載されるBiCS FLASH第8世代は、1Tb TLC(Triple Level Cell)製品のものです。
  3. 1Gbpsを1,000,000,000 ビット/秒として計算しています。キオクシアの試験環境で特定の条件により得られた値であり、ご使用機器の条件などによって変化します。